ナイスネイチャ愛された個性派 有馬記念3年連続3着、引退後「広報部長」も/23年追悼

92年、有馬記念で3着のナイスネイチャ(右)

2023年も名馬、ホースマンが天国へと旅立った。ファンの記憶に残る名馬、調教師の死を悼むとともに、その栄光を振り返る。(JRA、牧場、調教師会などからの発表を受け日刊スポーツ紙面で報じたG1馬など、調教師が中心)

■5月30日ナイスネイチャ(せん35)

生まれ故郷、北海道浦河町の渡辺牧場で死亡した。35歳は人間では100歳以上に相当する高齢。認定NPO法人引退馬協会の公式サイトによると、体調を崩してから1度も寝ていなかった同馬は放牧地で自ら横たわり、そのまま立てなくなったという。

ナイスダンサー産駒で栗東・松永善晴厩舎から90年12月にデビューして通算41戦7勝。重賞4勝を挙げる一方でG1は16回挑戦して3着4回、4着4回、5着1回。有馬記念は91~93年に3年連続3着で、勝てないながらも上位に食い込む個性的な走りが多くのファンから支持された。主戦の松永昌博騎手(現調教師)は「亡くなったのはとても残念だけど大往生だし、ここまでみんなにかわいがられてきたのだから、幸せな一生だったと思う。僕は母親のウラカワミユキにも乗っていたし、特に思い入れの深い馬だった」と振り返っている。年末のグランプリには94年(5着)、95年(9着)と5年続けて参戦した。

現役引退後は種牡馬となり、種牡馬を引退した後は故郷の渡辺牧場で余生を過ごしていた。「ウマ娘 プリティーダービー」のキャラクターとしても人気を集め、近年は引退馬協会の「広報部長」を務めていた。