96年の皐月賞馬イシノサンデーが18日に老衰のため死亡した。31歳だった。公益社団法人日本軽種馬協会がJRAを通して発表した。
現役時代に管理した山内研二元調教師(75)は一報を聞くと「え~ッ」と驚きを隠せなかった。続けて「この年までねえ。すごく長生きしてくれたと思います。よく頑張ってくれました」と感謝の思いを口にした。
桜花賞2勝、オークス1勝と牝馬クラシックを3勝した山内元師にとって、唯一の牡馬クラシック勝利が、イシノサンデーの96年皐月賞だった。「クラシックはなかなか取れるものじゃないから。普通のG1じゃないからね。感無量の思いでした」と当時を振り返った。
実は、冷や汗のタイトルだった。皐月賞の直線で抜け出す際、イシノサンデーは内側にヨレて審議となった。結果的に降着とはならず、無事に1着が確定したが「随分、審議の時間が長かったからね。なかなか、(表彰)写真を撮れなかったことを覚えてるよ」。
イシノサンデーとは、生産者の服部牧場で出会った。サンデーサイレンス産駒の2世代目で「最初、牧場で見て(管理を)やりたいなあと思った。柔らかみがあったね。サンデーのいいところだね。それで(生産者の)服部さんに馬主さんを紹介してもらったんです」という。
性格もサンデーサイレンス譲りのところがあった。「気が悪いというわけではないけど、やんちゃでね。気が強かった。皐月賞でヨレたのもうそうだけど、遊んでたんだろうね。しょっちゅう立ち上がってたよ。でも、ゲートでは立つことはなかったな」と、独特の気性を明かした。
引退後は種牡馬となり、全国各地で供用されたが、目立った活躍馬は残せなかった。「繁殖牝馬に恵まれなかったのが、かわいそうだったね。でも、よく頑張ってくれましたよ」と山内元師。栗毛の四白流星という派手な姿でファンも多かったイシノサンデーに、ねぎらいの言葉を送った。