8月27日から9月1日にかけて、第40回アジア競馬会議(ARC)が行われた。
8月27日に開会式が行われ、同28日からの3日間のビジネスセッションでは、主に9つのテーマが語られた。今回のARCのスローガンは「Be Connected, Stride Together(つながろう、ともに歩もう)」。08年以来、16年ぶりの日本開催は初めて札幌が開催地に選ばれた。北海道は国内の約98%の競走馬が生産される馬産地。人と馬のつながりを軸に、議論が展開された。全ての講演に出席した松田直樹記者がARCで聞いたこと、感じたことをリポートする。(全10回)
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3日間で9つのテーマが論じられ、3つのエキシビションセッションがあった。最後のビジネスセッションのテーマは人の福祉(「競馬関係者の福祉と包括性」)。元JRA騎手の藤井勘一郎氏、ワールドオールスタージョッキーズにも出場した仏のデルフィンヌ・サンチアゴ騎手が登壇した。
藤井氏は22年の落馬事故で第4胸椎脱臼骨折の大けがを負って下半身不随となり、今年2月に引退した。15歳でオーストラリアに渡り、13カ国で騎乗歴があり、逆輸入騎手として19年3月にJRA騎手としてデビュー。身をもって世界の現場を知っている。
競馬場の環境は国によってまるで違う。藤井氏によると、オーストラリアは開催日では救急車はもちろん、ドクターヘリが用意されているという。レースの格の大小は関係なく、落馬などによる負傷時は迅速に処置が施される。日本では毎週末、各場には神経外科医が控え、重傷時は即座に病院に搬送されCTスキャンなどの精密検査を受ける仕組みができている。香港では調教時も医療スタッフが常駐しているなど、各国の対応を紹介した。
制度の充実した国がある一方で、騎手の負傷時の配慮が十分ではない国もある。骨折による長期離脱を複数回経験したサンチアゴ騎手は「日本ほどサポートが強くない。落馬をしても自分で立たないといけません」と母国フランスの現状を語った。医師も救急車も控えていない競馬場があり、安全面では天地ほどの差があるといえる。藤井氏が「ばらつきがある。安全性を第一に考えてもらいたい」と参加者に呼びかける場面があった。
手厚い保障という点で、JRAは他国の模範となっている。藤井氏は「JRAが生涯ずっとサポートしてくれることになっています。私には妻と3人の子どもがいます。財政的なプレッシャーがなくなったことは大きかったです」と話す。海外での騎手生活で培った語学力と経験で遠征馬のサポートを行うなど今は精力的に活動しているが、その背景にある主催者の姿勢も高く評価されるべきだ。彼らの声がより騎手たちの命と生活を守ることを考える契機になることを願う。
■アジア競馬会議(Asian Racing Conference)
アジア諸国間の親善と相互理解の促進、および加盟国間の競馬交流を目的として、日本の提唱により創設された国際会議。第1回は1960年に東京で開催。今回は08年以来、16年ぶりの日本開催。過去4回は全て東京で議論が交わされ、今回は初の札幌開催となった。40の国と地域、団体から約800人の競馬関係者が出席した。