<先人から競馬界の後輩へ 明日への伝言>
今年も今春に引退する調教師が語る「明日への伝言」を連載する。栗東の音無秀孝師(70)は調教師としてJRA通算993勝、JRA・G1は14勝(19日現在)を誇る名伯楽。騎手としてもノアノハコブネで85年オークスを制した。その競馬人生は決して平たんではなく、苦労人として知られたが、持ち前の前向きさや日々の精進で成功をつかんだ。【取材・構成=岡本光男】
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中学を卒業した後、大阪でコックをしていました。趣味で競馬を見ているうちに騎手をやってみたいと思い、栗東の田中好雄厩舎で騎手候補生になったのが18歳の時。普段は栗東で仕事をしながら騎手を目指す「短期騎手講習生」でした。それから6年、24歳でやっと騎手免許を取れました。
騎手時代の思い出はやはり、初勝利とノアノハコブネで勝った85年オークスです。初勝利はデビュー2年目で、ヒノサトという馬で勝ちました。いざ勝ってみれば「こんなものか」という感じでしたが、達成感はありましたね。
私の騎手人生に大きな影響を与えてくれたのはミスラディカルという馬でした。重賞を4勝し、83年のジャパンC(7着)にも乗せてもらいました。東京の大レースに乗せてもらった経験がオークス勝利につながったと思います。
ノアノハコブネはスタートの遅い馬で、新馬勝ち後はなかなか勝てませんでした。師匠の田中良平師に「どうしたらオークスに出られる?」と相談されたので「ダートに使えば勝てます」と答えました。その通りダート戦を勝って、オークスに向かいました。
出走馬は28頭もいて、21番人気。やはり出遅れて、直線に向いても26番手でした。ただ、桜花賞を逃げ切ったエルプスが逃げられないほどの超ハイペースで、前の馬がバテバテになっているのが見えました。ノアノハコブネはぐいぐいと内の馬たちをかわしました。うれしかったですね。ただ、G1制覇の実感が湧いたのは表彰式の時でした。
騎乗馬が少なくなり、93年に騎手を引退。95年に厩舎を開業しました。初年度にイナズマタカオーで重賞の北九州記念を勝ちましたが、1年目はこの1勝だけ。調教師としても厳しいスタートでしたが、エガオヲミセテやユーセイトップランが重賞を勝ってくれた98年ごろから軌道に乗りました。ただ、放牧先の火災でエガオヲミセテが亡くなる悲しい出来事も起きました。
不思議だと感じるのは、06年高松宮記念で厩舎にG1初制覇をもたらしてくれたのが、エガオヲミセテの弟オレハマッテルゼだったことです。この姉弟が私に与えてくれたものはとても大きかったと思います。
調教師としてはJRA、地方、海外を合わせて1000勝以上できましたが、そのうち111勝(16年コリアC含む)が重賞です。それは誇りに思います。
調教で重要視していることを聞かれれば「常歩(なみあし=※)」です。その大切さに気付けて良かったと思っています。
※常歩(なみあし)=最もゆっくりとした馬の歩き方。馬は基本的に常歩、速歩(はやあし)、駈歩(かけあし)、襲歩(しゅうほ)などの歩法で移動するが、常歩は最も速度が遅い。四肢の着地順は右後肢→右前肢→左後肢→左前肢と続く。
◆今年は3月4日まで免許延長 現在の日本中央競馬会競馬施行規程第50条には「調教師の免許有効期間の満了日が木曜、金曜、土曜の時は満了日後の最初の火曜日まで延長する」とある。今年は2月28日が金曜のため、昨年に続いて、2月末で定年引退となる音無師ら7調教師の免許が3月4日(火)まで延長される。そのため3月1、2日の土日が最後の開催となる。これにより新規開業調教師の開業日は同5日(水)となる。
◆音無秀孝(おとなし・ひでたか)1954年(昭29)6月10日、宮崎県生まれ。79年に騎手デビュー。JRA通算84勝。重賞6勝、うちG1・1勝。調教助手を経て95年に調教師免許を取得し同年6月開業。調教師としてはJRA、地方、海外を合わせて通算1022勝、重賞は111勝(ともに16年コリアC含む)。JRA・G1は14勝、Jpn1を含むG1は計21勝(すべて19日現在)。09年にはJRA賞最多賞金獲得調教師、10年にはJRA賞最多勝利調教師を受賞している。
◆音無師が管理したJRA・G1勝ち馬 オレハマッテルゼ、サンライズバッカス、ヴィクトリー、オウケンブルースリ、カンパニー、ミッキーアイル、ミッキーロケット、インディチャンプ、クリソベリル、モズスーパーフレア、ピクシーナイト。