【番記者秘話】「若武者 河内洋」のポスター貼っていた武豊少年「憧れの人だった」引退惜しむ

第1回小倉競馬第12日 定年引退する河内調教師は鮫島騎手に花束を贈られ笑顔を見せる(撮影・梅根麻紀)

【とっておきメモ】

3月1日の阪神2Rで武豊騎手が河内厩舎の管理場ホウショウマリスで勝利した。午前中に行われた3歳未勝利戦で、武豊騎手がガッツポーズ。スタンドからよどめきがおこった。その日のメインレースを勝ったあと、武豊騎手は「よかったよね。河内厩舎」と話していた。小倉に臨場した河内師が喜んでいたことを伝えると、「そうみたいだね。明日も頑張らな」。翌2日のチューリップ賞に向けて力が入っている様子だった。

武豊騎手にとって河内師は子どもの時から近所に住む「洋お兄ちゃん」だった。武豊少年の部屋には武邦彦、福永洋一に並んで「若武者 河内洋」のポスターを貼っていたという。

武豊騎手が競馬学校に入ってからは武田作十郎厩舎で兄弟子となった。「リーディングジョッキーだったし、めっちゃかっこよかった。憧れの人だった」。当時、デビュー前の研修中は現在のバレットのようにレース前に鞍などを準備していたそうだ。「馬によってあぶみの長さを変えていたり、職人だった。口では言わないけど、シビア。勉強になることが多かった。身近にいたことはラッキー。恵まれていた」。兄弟子の背中をみながら、ジョッキーとしての土台を築いてきた。

河内師の定年が間近に迫り、最後の重賞チューリップ賞にウォーターガーベラを出走させることが決まった。それを耳にした武豊騎手はもともとの騎乗予定を変更し、ウォーターガーベラに騎乗することにしたという。河内師は「え! 豊が乗るの!」と驚いたという。河内師のことを話す武豊騎手は少年のような表情をしていた。“河内さん”の前では、レジェンドもひとりの弟弟子に戻るのだ。

師は55年にわたるホースマン人生に幕を下ろした。「お世話になった。ありきたりだけど、さみしい。仕事場で会えなくなるからね。ありがとうございました。そしてお疲れさまでした。ゆっくり飲んでください(笑い)」。言葉の端々に名残惜しさが詰まっていた。【下村琴葉】