内田利雄騎手「宇都宮がつぶれたとき。明日からどうしようと毎日毎日考えた」/引退会見一問一答

引退記者会見を終えガッツポーズで撮影に応じる内田利雄騎手

3月31日付での引退を発表していた浦和の内田利雄騎手(63)が17日、浦和競馬場で引退記者会見を行った。以下は内田利雄騎手一問一答。

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-現在の進境は

平常心。かえって逆に晴れ晴れとした気持ち。減量から解放されますしね。(減量は)苦しくない方ですけど、何も気にせず食事をすることがほぼなかったですからね。ちょっと食べ過ぎてるよねとか、もうちょっと飲みたいんだけどやめておこうとか。

-印象に残っていることは

難しいですよね。(騎手生活は)46年ですからね。結構ありますよね。でもやっぱり皆さんご存じの通り、ブライアンズロマンとベラミロードの2代巨頭が一番思い出に残ってますね。あとはJRAで重賞を勝ったカッツミー。あれは代打騎乗みたいな感じだったんですけどね。その点でも「俺、持ってるな」という感じですよね。マカオでG1を勝った時もそうでしたね。ノドの悪い馬で、その日にちょうど小雨が降ったんですよね。

-出来事では

一番ショックを受けたのが宇都宮競馬がつぶれたときですかね。会社がなくなるってこういうことなんだと思いましたね。明日からどうしようかと、毎日、毎日、考えましたね。何かやれることはないのかなと思った時に、ちょうど3000勝して(NARグランプリの)表彰式で記者会見をやらせていただいて、そこで大きな風呂敷を開きまして。年も年なので、どこかの競馬場に所属することは無理だから、できることなら期間限定で北海道から九州までの全地方競馬場を乗って歩きたいと言ったんですよね。自分では何も予定してなかったんですけど、言ってみて良かったですね。記者の方がすごく感銘を受けてくれて、みなさん協力してくれて。ここまでやってこられたのはみなさんのおかげですよ。競馬場がなくなって20年、よくやってきましたね。

-引退後の予定は

地方競馬教養センターで教官という仕事を仰せつかりまして。教官としてのスキルがないのにやっていけるのか、すごく不安で、騎手免許更新の試験を受けたんですけど、地全協の職員は副業はできないんですと言われて(笑い)。

-騎手人生の自己採点は

自分で自分の採点はなかなかできないですけど、ただ気持ちは満点ですよ。こんな幸せなジョッキー人生はないと思います。宇都宮競馬場がつぶれてしまったのは悲しいことでしたけど、それ以降、自分で行こうと思ったところに行って、仕事して、その競馬場で乗れたという足跡を残せて、それが終わったら、また次の競馬場。こんな幸せなことないですよね。外国の方にも行かせていただいて。やっぱり人間性がいいもんですから、みなさんに好かれましたよ。ここ笑うところですよ(笑い)。

-では悔いはない

そうですね。ただ悔いがあるとしたら、名古屋が弥富に移ったじゃないですか。そこだけ制覇してないんですよ。あと浦和競馬場でライブさせてもらえなかったので。それが心残りです(笑い)。

-内田騎手が始めた期間限定騎乗が制度化されて吉原騎手や赤岡騎手が活躍

とてもうれしいことだと思います。彼らも金沢だけとか高知だけで埋もれているジョッキーではないので、そういう機会ができて良かったと思いますよね。ただやっぱり心残りは特許だけ取っておけば良かったなと思いましたね(笑い)。

-騎手を続けてきた根底にある思いは

馬乗りしか教わってこなかったということですかね。あと教養センターの卒業の時に教官が寄せ書きしてくれたんですけど、そこに四字熟語で初志貫徹という言葉があって、それを自分の座右の銘にしてるんですけど、とてもいい言葉だったですね。それも含めて、極めてはいないけど、やり遂げようという気持ちでやっていましたね。

-ではやり遂げた

そうですね。まだあと何日かありますけど、そしたら足も手も伸ばして、大の字になって「ああ終わった」と言いたいですよ。