「芦毛の怪物」と呼ばれたオグリキャップが生まれて、3月27日でちょうど40年を迎える。
昭和末期から平成初期にかけて社会現象とも言える競馬ブームを巻き起こしたスターホース。地方の笠松でデビューして、怒濤(どとう)の強さで中央へ移籍。1600メートルのマイルCSや安田記念から、2500メートルの有馬記念まであらゆる距離に対応してJRA・G1・4勝、重賞は6連勝を含めて計12勝を挙げた。「生誕40周年」を記念して、オグリキャップのJRA・G1勝利を振り返る。
【1989年(平元)11月19日・マイルCS】
88年有馬記念制覇後、89年前半は脚部の状態が万全ではなく休養。復帰戦の89年オールカマーから南井克巳騎手とコンビを組むことになり、毎日王冠と連勝。天皇賞・秋は、直線の不利も響いて2着に惜敗し、臨んだ秋4戦目がマイルCSだった。
オグリキャップは圧倒的1番人気で単勝1・3倍。バンブーメモリーが4倍で2番人気、ホクトヘリオスが15・9倍で3番人気だった。
レースはオグリキャップの出脚が悪く、鞍上に促されながらの追走となり、5番手で直線へ。外から先に抜け出したバンブーメモリーとの差が残り200メートルで2馬身ほどに広がったが、そこからオグリキャップは内からグイグイ差を詰めて、並びかけたところがゴール。内と外、大接戦の結果は、鼻差でオグリキャップに軍配が上がった。
勝利インタビューで、鞍上の南井騎手は「前(天皇賞・秋)に負けてますからね。今日もなんか負けたような気がしたんですけどね。勝てて良かったです。勝って当たり前の馬に乗って、勝てたことはやっぱりうれしいですよ。4コーナーできつくなったんですけど、なんとかこの馬の力で差せたと思います。最近、4コーナー回るとき、少し反応が鈍いんですよね。だからもう直線1ハロンを必死に追って、ゴール前でかわしました」と振り返った。涙まじりのインタビューは、オグリファンはもちろん、多くの競馬ファンの感動を呼んだ。
◆オグリキャップ 1985年(昭60)3月27日、北海道三石町(現新ひだか町)生まれ。生産者・稲葉不奈男。父ダンシングキャップ、母ホワイトナルビー(シルバーシャーク)。芦毛、牡。87年に笠松でデビューして12戦10勝、88年に中央に移籍、栗東・瀬戸口厩舎所属で20戦12勝(すべて重賞でうちG1・4勝=88年有馬記念、89年マイルCS、90年安田記念、有馬記念)。2010年7月3日、右後ろ脚を骨折し25歳で死去。