【追悼アンライバルド】コンコルドの再来を…関係者の思い結実/「私の大一番」復刻

09年皐月賞を制したアンライバルド

09年に皐月賞を制し、現役引退後は北海道沙流郡日高町のブリーダーズ・スタリオン・ステーションで種牡馬として供用されていたアンライバルド(牡19)が9日、死亡した。JRAが10日に発表した。

同馬を悼み、2013年4月9日付の日刊スポーツ競馬面に掲載した「私の大一番」09年皐月賞編を【復刻】する。

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“奇跡”の継承馬は“伝説”の始まりとなった。09年皐月賞。スタンドで見守っていた友道康夫調教師は一瞬、わが目を疑った。

「3コーナーすぎでは中団にいたのが、4コーナーでもう先頭に並んでいた。これは勝ったか…と」

愛馬アンライバルドは勝負どころのコーナーで一気に上昇した。外から馬群をのみ込み、直線に入ってすぐ先頭。さらに後続を突き放し、1馬身半差の完勝。師にとっては初のクラシック制覇だった。

「調整も追い切りもうまくいったので僕の中で自信はあったんだよ。“3強”と言われた中で3番人気だったけど(苦笑い)。あの時と同じ状況だな…と」

1番人気ロジユニヴァース(14着)、2番人気リーチザクラウン(13着)との3強決戦を制した時、脳裏に新馬戦がよみがえった。

08年10月26日、京都5R新馬戦(芝1800メートル)が“伝説”の始まりだった。1番人気はブエナビスタ、2番人気がリーチ。「これで負けたら相手が強いとしか言えない、それぐらいの手応え」だったアンライバルドは、師の自信とは裏腹に3番人気だった。“どれほどの相手なのか…”という一抹の不安は、愛馬の1馬身4分の1差の完勝で杞憂に終わったが、実際は本当にとてつもない相手だった。

のちに、その新馬戦1着のアンライバルドは皐月賞を制し、同2着リーチはダービー2着。同3着のブエナはG1・6勝の名牝に。同4着スリーロールスは菊花賞馬となった。“伝説の新馬戦”というフレーズはここで生まれた。ちなみに翌年も、この新馬戦からは1着ローズキングダム、2着ヴィクトワールピサと2頭のG1馬が誕生した。

「伝説」の始まりとなったアンライバルドは“奇跡の継承”を期待され、この世に生を受けていた。13歳年上の兄はフサイチコンコルド。デビュー3戦目でダービーを制した“奇跡の馬”だった。しかし同馬以降、母バレークイーンはなかなか活躍馬を産めなかった。

「母馬の爪が良くなかったようで、あまり動けなかった。だから、生まれた子馬の運動量も減る。それが原因ではないかという話だった。実際、1つ年上の兄は体が弱くてデビューさえできなかった。そこで牧場サイドは米国から装蹄師を呼んで、アンライバルドを受胎中だった母の爪を治療したんだよ」

09年の皐月賞制覇は、多くの関係者の思いが結実した“奇跡”の再来だった。

「開業してもう10年が経つけど、アンライバルド以上の馬にはまだ出会っていない。体形、気性、血統、僕にとってすべてが理想のサラブレッドだった」

さらなる奇跡、伝説の継承へ。アンライバルドは種牡馬生活をスタートさせており、友道師はその産駒たちとの出会いを楽しみに待っている。【伊嶋健一郎】