今春で引退する調教師が語る連載「明日への伝言」の第5回は特別編。美浦の名伯楽、国枝栄調教師(70)が4編にわたって競馬人生を振り返る。第2編は厩舎躍進の土台を築いた大馬主の存在を語った。【取材・構成=岡山俊明、桑原幹久】
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金子真人さんと出会ったのは本当にでかいよ。世界でNo・1の馬主だと思う。(JRA通算)1100勝以上していて、106勝(馬主別トップ)が金子さん。全体の1/10くらいになるし、G1・9勝にG2、G3もなんだかんだって言ってたら、もうそれはすごいよね。馬主さんって浮き沈みがあるもんだけど、この前馬主30周年のパーティーに行ったら(吉田)勝己社長が昔は“金近関(きんこんかん)”って話をしてたな。近藤(利一)さん、関口(房朗)さんは亡くなってしまったけど、金子さんは今もずっとトップ。とにかくすごいよね。
金子さんの馬をやったのは関西では山内(研二)さんが最初だけど、関東では俺が最初かな。95年にアメリカのセリに行った時、会場のトイレで勝己さんと偶然一緒になったんだ。そこで「買った馬をやらせてください」とお願いして、その馬がブラックホークだった。開業9年目の98年に重賞(ダービー卿CT)を初めて勝ってくれた。その後ノリちゃん(横山典騎手)に「先生の馬はマイラーじゃないよ」って言われて、G1(99年スプリンターズS)も初めて勝たせてもらったな。
その後がもうひとつだったけど、金子さんに「安田記念に行って、乗り方を工夫してほしい」と言われてね。ノリちゃんに「思い切って行くか下げるかだな」って話したらポンとスタートして、ちょっと下げて、直線でじわじわ伸びて勝っちゃった。ピンクカメオは桜花賞(14着)の後、オークス本番かトライアルに行く流れが普通。だけど、NHKマイルCに行ってくれと。何か考えがあるんだろうと思ってたら、ブービー17番人気で勝っちゃった。もう、文句言えねぇよな(笑い)。馬を持ってきてくれて、指示もよくて。俺が(賞金)10%もらっちゃっていいのかなと思っちゃうよね(笑い)。
牝馬3冠を勝ったアパパネは、お母さんのソルティビッドをやっていた縁もあって預かった。金子さんに「いや~国枝くん、この馬はいいよ」って言われて、実際に見てみたら本当にいい馬だったね。馬体のサイズ、バランスが上級。未勝利戦からぽんぽんといって、G1まで勝ってくれた。
オークスの時はG1で初めての同着。すごくエポックメイキングなことをやってくれたよね。正直負けてる、よくて同着かなと思っててね。検量室前に行ってみたら、金子さんが検量室の中のボードの前に、椅子を置いて腕組みをしてる。俺は馬のこともあるしいろいろ動きたかったけど、オーナーがそこにいるから動けねぇなって(笑い)。そしたら同着。結果を引き出すようなあの胆力は、やっぱりすごいなと思ったよ。
牝馬が繁殖に上がった後も、その子どもが走るわ、走る。普通、尻すぼみになるけど、金子さんが持つとみんな走る。ダビスタでもあんなことないよ(笑い)。
うちで一番勝ったのが金子さんの馬、ディープインパクトの子ども(180勝)。産駒の1、2勝目がうちの馬だったな。ディープの子は走るのが好きだよな。ほっといても走っていっちゃう。仕上がりが早くて、扱いも楽。へそ曲がりが少なかったな。子どもが種馬になっているけど、その産駒がもう少し走ってほしいなとは正直思うよね。でも、ディープとサンデーサイレンスは時代を変えた馬だと思うよ。
そんな感じでやっていたら、ものすごい馬に出会ったよ。それはもう、レベルが違ったな。(つづく)
◆国枝栄(くにえだ・さかえ)1955年(昭30)4月14日、岐阜県生まれ。東京農工大卒。78年に美浦・山崎彰義厩舎で調教助手となり、89年に調教師免許を取得。90年開業。98年ダービー卿CT(ブラックホーク)で重賞初制覇。99年スプリンターズS(ブラックホーク)でG1初制覇。09年アパパネ、18年アーモンドアイで2度の牝馬3冠制覇を達成。07年有馬記念をマツリダゴッホで制覇。JRA通算9508戦1121勝。現役唯一の1000勝以上で同最多勝。JRA重賞70勝(うちG122勝)。19年にアーモンドアイでドバイターフ制覇。