6月29日に病気のため63歳で死去した田村康仁調教師をしのび、厩舎の番頭格である高木大輔調教助手(51)が直近の様子を明かした。
高木助手は競馬学校卒業後、1998年の厩舎開業直後に加入。約27年、一筋で務めてきた。この日美浦トレセンで報道陣に囲まれ、涙ながらに言葉を紡いだ。
「先週金曜の午前中に『大輔、ちょっと週末に会えないか』と話をもらって、軽いノリだったから日曜だったら大丈夫です、と。てっきり自宅に行けばいいのかなと思ったら、金曜朝に先生の奥さまから『入院したので病院に来てください』と連絡がありました」。
「病院に行くと先生はまだ意思疎通ができていて、厩舎の馬の入れ替えを話したり、1時間半くらいしゃべって帰りました。翌日、用事があって出かけようとしていた午前中に奥さまから連絡が来て、先生本人が苦しがっていて、最後に会いたいと言っていると。僕の用事をキャンセルして病院に向かいました」。
「前日とほぼ同時刻くらいに会ったにもかかわらず、様子がガラッと一変していて…。ほぼ声が出ない状況ではありました。最後は先生らしく『もう俺もつらいから、お前帰ってくれ』と逆に言われて。『分かりました、帰ります先生』と言ったら『大輔、頼むぞ』と言われて『そんなこと言わないでください、先生。泣いちゃうじゃないですか』と。僕はもうそれ以上先生の顔を見られなくて。調教師と助手という関係性よりも、もっと強い感じがあったので。僕は24歳で実家を出て、もう美浦にいる期間の方が長くなったので、田村先生は第二の父親だとずっと思っています。最後もきちっとした形でお別れできて、本当によかったと思います」。
「調教では寸分の狂いなく、というクオリティーを求められて、一貫して本当に厳しい人でした。ですけど、本当に気遣いができる人で、気が回る人でした。僕は男としての生き方を教えてもらいました。本当に感謝しかないです」