もう一度、あの景色を-。JRA現役最年長ジョッキーの柴田善臣騎手が、7月30日に60歳を迎える。
通算2300勝を超える年男は今年3勝を挙げるも、右肩を負傷し4月12日の騎乗を最後に休養中。現在も復帰へのめどは立っていない。それでもJRA史上初の“還暦騎乗”を目指し、懸命なリハビリに励む。節目を目前とした今思うことを、包み隠さず明かした。【取材・構成=桑原幹久】
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「60歳がおめでたいのかどうなのか…、分からないよね(笑い)」
柴田善臣騎手が、赤いちゃんちゃんこが似合う「60」の節目を、笑顔でかみしめた。
「ここまで騎手を続けてこられて本当によかったなと思いますよ。俺の場合は好き勝手やってきたからね。目をつぶったり、迷惑をかけられた人もたくさんいると思う。だから自分だけでは絶対になし得なかったことだと思うし、周りの人に感謝しかないですね」
故郷青森で夢を抱き、82年にJRA競馬学校へ1期生として入学した。
「おじの(柴田)政人さんの影響が大きいですね。田舎のテレビで活躍を見てかっこいいなと。北海道帰りにうちへ寄って帰るんだけど、かっこいい車に乗って、かっこよく来て、かっこよく帰る。俺は体も小さかったから騎手を目指そうと思いました」
今年でデビュー42年目。当初は今の姿を想像できなかったが、周囲の変化に自身も影響された。
「政人さんがけがで引退(95年)した時、自分にもいつかそういう時が来ると感じた。お世話になった岡部幸雄さんも引退(05年)されて、思いは強くなりましたね」
危険と隣り合わせの職業。腰椎ヘルニア、左肩腱板断裂など、けがを何度も乗り越えてきた。
「やっぱり競馬が、馬に乗ることが、馬の上が好きだから。体がどこも悪くなきゃ、本当にずっと馬の上に乗っていたいですよ」
純粋な思いは揺るがないが、厳しい現実に直面した。今年4月12日の福島騎乗後、右肩に痛みを感じた。右の棘上筋断裂、肩甲下筋損傷と診断。以降、騎乗を控え、現在は週1回ペースでリハビリを進める。
「歩く時に手を振るだけでも痛くて、夜中に痛みで起きたこともあったけど、今は注射が効いて歯磨きも右手でできるようになりました」
手術の選択肢もあったが、保存治療を選んだ。
「今回手術したら1年以上かかる。復帰のことを考えると歳も歳だからね」
周囲は“還暦ジョッキー”の活躍を願う。ただ、あまりある時間で自問自答を繰り返し、複雑な思いも浮かぶ。
「数年前までそういう思いはありましたよ。これまではけがが治ったらあの馬をこう育てたい、乗りたいというイメージがわいたけど、今は当たり前の生活ができるレベルに体を戻すこと。その目標だけですね。それができなきゃ馬に乗れないし、触れない。まさかこうなるとは思わなかったね。人間、時間があるといらぬことを考え出すから、余計なことは考えないようにしていますよ」
現状、復帰のめどは立っていない。焦りが生まれないよう毎週末、熱心にはレースを見ないようにしている。それでも、ふつふつと体の内側から湧き出るものがある。
「馬券にお金をかけるファンからすれば何を言ってるんだ、と思われるだろうけど、自分には競馬が一番の趣味。すごく幸せな人生ですよ。だから周りの人、騎手をやめた人たちのためにも頑張りたい、という気持ちはありますよね」
可能性がある限り、心の炎を絶やさず、自然体で歩み続ける。
「もう僕のことなんかみんな忘れてるでしょ(笑い)。まあ、自分の体を一番知っているのは自分。焦らず一生懸命努力しているので、その先に見えるものが馬の上からの風景であるように頑張りたいですね」
◆柴田善臣(しばた・よしとみ)1966年(昭41)7月30日、青森県生まれ。JRA競馬学校騎手課程の1期生。85年3月にデビューし、4月に初勝利(イズミサンエイ)を挙げた。88年の中山牝馬S(ソウシンホウジュ)でJRA重賞初勝利。JRA・G1は93年安田記念(ヤマニンゼファー)で初勝利を挙げ、計9勝。重賞96勝。JRA通算2万2311戦2341勝(うち障害40戦2勝)。164センチ、53キロ。血液型はA。叔父は柴田政人(元騎手、調教師)。05年から日本騎手クラブ会長。10年に退任し、相談役に就任。22年春にJRA現役騎手で史上初の黄綬褒章を受章。同年のJRA賞特別賞を受賞。趣味は釣り、ワイン、車、鷹狩りなど。
◆日本人の60歳以上の騎手(かっこ内は生年月日) 中央、地方合わせて現役最年長は兵庫・川原正一騎手(59年3月14日)で67歳。昨年11月30日京都9Rに騎乗し、66歳8カ月16日のJRA史上最年長騎乗記録を持つ。また、川原騎手から2日遅い誕生日の愛知・丹羽克輝騎手(59年3月16日)が同じく67歳。笠松・高木健騎手(64年11月16日)、北海道・井上俊彦騎手(65年4月14日)、笠松・向山牧騎手(65年7月5日)が61歳で続く(笠松・馬渕繁治騎手は今年10月で60歳)。
中央は柴田善臣騎手に次ぎ、横山典弘騎手(68年2月23日)が58歳、武豊騎手(69年3月15日)が57歳。