JRA現役最年長&初の還暦ジョッキー柴田善臣騎手が引退 通算2341勝、黄綬褒章を受章

22年5月、黄綬褒章を受賞した柴田善臣騎手

JRA初の還暦ジョッキーがターフを去る。現役最年長60歳の柴田善臣騎手が引退を決断した。15日、JRAが発表した。

本人から騎手免許の取り消し申請があり、18日付けで騎手免許を取り消す。16日に会見を行う予定で、今後はJRAのアドバイザーに就任する。競馬学校騎手課程の1期生として1985年にデビュー。通算2341勝、JRA重賞96勝(うちG1・9勝)を積み上げた。42年目の今年は3勝を挙げるも4月に右肩を負傷。懸命なリハビリを重ねたが復帰に至らず、目標とした還暦での騎乗はかなわなかった。

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最後まで、もがいた。柴田善騎手は4月12日福島11Rの騎乗後、右肩に痛みを感じた。右の棘上(きょくじょう)筋断裂、肩甲下筋損傷と診断され休養に入った。夜中に目を覚ますほどの痛みをステロイド注射で抑え、耐え忍ぶ日々。週1回ペースでリハビリを進めたが、先月下旬時点で「よくも悪くもなっていない」と平行線。騎乗復帰は当然、上半身のトレーニング再開へのめどさえ立たなかった。「僕のために頑張ってくれる人たちへ恩返しがしたいね」とJRA初の還暦騎乗を目指したが、ステッキを置かざるを得なかった。

昭和、平成、令和と3年号で一線級を走った。66年に青森で生まれ、実家は競走馬の生産牧場。元騎手の叔父政人さんの影響でジョッキーを志し、乗馬未経験で82年にJRA競馬学校騎手課程の1期生として入学。85年にデビューした。93年安田記念をヤマニンゼファーで制し、G1を初制覇。97年に初の年間100勝。02年から3年連続で関東リーディングを獲得し、04年に自己最多の145勝を挙げた。

近年は腰椎ヘルニア、左肩腱板断裂など度重なるけがに悩まされたが、今年までデビューから42年連続勝利を継続。結果的に最後の勝利となった1月31日の東京5R(リッツパーティー)で、JRA最年長勝利記録を59歳6カ月2日に塗り替えた。

親しみやすい人柄で信頼を集めた。師とあおいだ岡部幸雄元騎手から引き継ぎ、日本騎手クラブの会長を05年から5年間務めた。現任の武豊騎手に譲った10年から相談役に就任。ファンからは「相談役」「ヨシトミ先生」などと呼ばれ親しまれた。日刊スポーツでは毎週末に騎乗馬を語るコラム「ヨシットミ」を94年7月から連載(東日本版)し、読者に語りかけた。22年春にはJRA現役騎手として初の黄綬褒章を受章。私生活ではワイン、車、釣り、鷹狩りなど多趣味で知られ、愛犬家で早朝の散歩が日課。休養中も欠かさずリードを握った。

42年もの間に、現役引退や調教師転向は幾度も脳裏をよぎった。それでも「馬が好き、馬に乗ることが好き。競馬が一番の趣味」と初心を貫き、馬上にこだわった。これまで引退後のプランとして「競馬界をいい方向に向けるために、様々な立場の人をつなぐアドバイザーをやってみたい」と話しており、16日の会見で自ら口を開く。馬を愛す生粋の競馬人が、第2の人生へ走り出す。【桑原幹久】

◆柴田善臣(しばた・よしとみ)1966年(昭41)7月30日、青森県生まれ。JRA競馬学校騎手課程の1期生。85年3月にデビューし、4月に初勝利(イズミサンエイ)を挙げた。88年の中山牝馬S(ソウシンホウジュ)でJRA重賞初勝利。JRA・G1は93年安田記念(ヤマニンゼファー)で初勝利を挙げ、計9勝。重賞96勝。JRA通算2万2311戦2341勝(うち障害40戦2勝)。164センチ、53キロ。血液型はA。05年から日本騎手クラブ会長。10年に退任し、相談役に就任。22年春にJRA現役騎手で史上初の黄綬褒章を受章。同年のJRA賞特別賞を受賞。趣味は釣り、ワイン、車、鷹狩りなど。