【武豊騎手が振り返る凱旋門賞激闘録1】94年ホワイトマズル「日本人が勝てるわけないと…」

メイショウタバル凱旋門賞に挑む武豊騎手(2026年撮影)

<武豊騎手自身が振り返る凱旋門賞激闘録>

積み重ねた歴史が、悲願成就を導く-。日本競馬界のレジェンド武豊騎手(57)が、メイショウタバル(牡5、石橋)で自身12度目の凱旋門賞(G1、芝2400メートル、10月4日=パリロンシャン)に臨む。過去の敗戦も糧に、いざ栄光へ。武豊騎手自身がこれまでの凱旋門賞騎乗を振り返る全6回連載の第1回は、94年ホワイトマズル(6着)。【取材・構成=下村琴葉】

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武豊騎手が初めて凱旋門賞に騎乗したのは94年、英国調教馬のホワイトマズルだった。当時、自身は25歳。「吉田照哉さんが所有していて、照哉さんからキングジョージ(7月)で『ホワイトマズルに乗るか』という感じで、びっくりした。そのキングジョージは2着だったんだけど、『凱旋門賞も乗るか』と言われて『えぇ…(笑い)』と。向こうの馬だからね。トップジョッキーが乗っていた馬だし、当時じゃ考えられない」

ホワイトマズルは前年の凱旋門賞2着馬で、前哨戦のドーヴィル大賞はJ・リード騎手がまたがって勝利。3番人気で大一番に挑んだが、現実は甘くなかった。

「僕自身がまだ全然、経験がなかった。落ち着いては乗れてたと思うんだけど、レースはうまくいかなかった。キングジョージで乗った時はすごくいい馬だなと思ったけど、凱旋門賞の時はちょっと疲れていて、ゲートも出なかったし、外々の厳しい競馬になって、あまりいいレースはできなかった」

当時は騎手も馬も、今ほど海外挑戦が当たり前ではなく、スマホもない時代。どういう連絡手段をとっていたのか。

「どうやってたんだろうね。あんまり覚えてない(笑い)。でも吉田照哉さんのサポートが大きかったな。すごく応援してくれた。逆に向こうでは、なんで日本人に乗せるんだみたいな、それは感じていた。フランス語の新聞も読めないけど、なんとなく情報としてね。日本人が勝てるわけがないというアウェー感はあったね」

この一戦が、武豊騎手の長く続く挑戦の始まりだった。(つづく)