【とっておきメモ】平成生まれ初のG1トレーナー上原佑紀調教は藤田晋氏の本で経営学を勉強

菊花賞を制し肩を組んで喜ぶ上原佑紀調教師(左)と武豊騎手(撮影・白石智彦)

<とっておきメモ>

<菊花賞>◇25日=京都◇G1◇芝3000メートル◇3歳牡牝◇出走18頭

武豊騎手騎乗のゴーイントゥスカイ(牡、上原佑)が内から抜け出し、牡馬クラシック最後の1冠を制した。 武豊騎手は前人未踏最多の菊花賞6勝目となった。

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平成2年生まれの上原佑紀調教師が、満面の笑顔でレジェンドへ駆け寄った。開業4年目の36歳で平成生まれ初のG1トレーナーになった。父はG1を5勝したダイワメジャーを育てた博之師で、幼少期から血統本が相棒。日大時代は馬術部で活躍。卒業後は美浦トレセンに獣医師として勤務したが、自然と父と同じ道を志した。ノーザンファーム空港牧場に転職。堀厩舎で調教助手時代の21年、3度目の挑戦で調教師試験に合格した。「趣味は競馬です」と休日もレースを見返し反省を重ねる。自他ともに認める“競馬オタク”だ。

無論“若者”なりの壁に当たった。国内外で積んだ研修経験を礎に、革新的な取り組みを積極的に導入。ただ、開業当初は年上だらけのスタッフと意見が合わないこともあった。時には馬主でもあるサイバーエージェント藤田晋会長の著書を手に取り、経営学を勉強。丁寧に対話を重ね、互いの考えを擦り合わせた。開業初年度から勝ち星は16→26→27勝と右肩上がり。今年はダービーに4頭出しを果たすなど、すでに26勝(25日現在)。自己最多の年間勝利数を射程圏に入れた。

昭和44年生まれの武豊騎手がG1初制覇したのは88年の菊花賞。当時、上原佑師はまだ産声を挙げていなかった。今回が延べ15頭目のJRA・G1挑戦。レジェンドの節目と同じ菊の舞台で、待望の1勝をつかんだ。【桑原幹久】