明治からの伝統を持つ近江鉄道。滋賀県南部を細かく走り、すてきな車両、すてきな駅舎が魅力的だ。ただ、その中には信じられない勘違いが起きるという「有名な駅」がある。「京セラ前」(東近江市)がその駅で、京セラドーム大阪に行くつもりのお客さんが、下車してあぜんとすることがしばしば起きるとか。一体どんなところなのかも含め足を運んでみた。(訪問は昨年11月)



旅のスタートは米原駅(写真〈1〉)だった。地図で分かるように、近江鉄道は本線の米原~貴生川に近江八幡、多賀大社前への支線を含めて総距離は約60キロ。これを1日で回ってしまおうという計画で、JRも利用しながらの旅程となる。


〈1〉近江鉄道の改札口がある米原駅東口
〈1〉近江鉄道の改札口がある米原駅東口

別の意味だが結果的には、米原からのスタートがラッキーだった。1日乗り放題の「1デイスマイルチケット」(※)を購入(写真〈2〉)してホームに行くと待っていたのは「あかね号」(写真〈3〉)。近江鉄道は西武グループで、西武から譲渡された車両が使用されているが、名車として長く知られていたあかね号、この時は何も考えずに乗ったが、年が明けると引退が発表された。この日はこれ以外に乗車機会がなかったので幸運だった。


〈2〉1日乗り放題の1デイスマイルチケット
〈2〉1日乗り放題の1デイスマイルチケット
〈3〉年が明けて役割を終えたあかね号と出会えた
〈3〉年が明けて役割を終えたあかね号と出会えた

そして京セラ前駅である。実際の行程は他の駅に立ち寄ってからだったが、原稿的には真っすぐ向かうことにしよう。

私が存在を知ったのはテレビ番組だった。「京セラドーム大阪へ行こうとして、この駅で下りる人がいる」。ネット上では、以前からかなり話題になっていたらしいが、関西に住む人には、あり得ない話で、テレビを見なければ信じなかったかもしれない。京セラドーム大阪があるのは滋賀県でないことぐらい(そもそも「大阪」という文字が入っている)、関西人なら誰でも分かる。

つまりお気の毒な目に遭ったのは遠方からのお客さんだったのだ。しかも野球目当てではなく、コンサートが目的だった。野球ファンもさすがに間違えないと思われる。

ということで電車は当の「京セラ前」に到着(写真〈4〉〈5〉〈6〉)。駅名から分かる通り、付近に京セラの工場があるが、ホームは1面1線の棒状駅。屋根はあるが待合室はない無人駅。駅の外に出ると目の前の道路を車がビュンビュン走っていてコンビニがある。工場は駅舎の逆側なので、目につくのはコンビニと畑のみで民家も見当たらない。電車は昼間、1時間に1本しか来ない。何万人も集める会場がある雰囲気は全くない。無人駅で駅員さんに尋ねることもできず、コンサートのために降り立った人は困ったというより途方に暮れたのではないだろうか。


〈4〉京セラ前に電車が入線
〈4〉京セラ前に電車が入線
〈5〉京セラ前駅は1面1線の無人駅
〈5〉京セラ前駅は1面1線の無人駅
〈6〉京セラ前駅の入り口。周囲には何も見当たらない
〈6〉京セラ前駅の入り口。周囲には何も見当たらない

それにしても、なぜこんな間違いが起きるのかというと「犯人」は検索ソフトだった。京セラドーム大阪の最寄り駅は大阪メトロの「ドーム前千代崎」と阪神なんば線の「ドーム前」。「京セラ」という文字が入らないのが悲劇の始まりで、検索ソフトで「京セラ」と入力すると、駅名はひとつしかないのだ(施設名の一覧に正解は出るが)。

私はテレビなどで見ただけだが、近江鉄道とJRの乗換駅には「京セラ前駅は京セラドーム大阪の最寄り駅ではありません」という張り紙があるらしい。またヤフーで「京セラ前」と入力すると推測で「間違い」がすぐ出てくるので、かなり実績があるのだろう。京セラ前駅の設置は91年。大阪ドームが京セラドーム大阪となったのは06年で駅の方がずっと早いのだが、思わぬ形で有名駅に「昇格」した、ちょっと例のない駅である。【高木茂久】


※年末年始を除く金土日と祝日に発売され、大人900円のお得な切符(写真は昨年のもの)。近江鉄道は米原、彦根、近江八幡、貴生川とJRとの接点が多いため、昨年私はJR西日本の関西1デイパスを併用して巡ったが、現在発売中の秋の関西1デイパスはJRの指定区間と近江鉄道が乗り放題。お得さが増しているので、さらにおすすめ。大人3670円で利用前日までの購入が必要。詳しくは両社のホームページで。