エンジョイ健口ライフ<35>
「歯を磨くのがおっくうだから、さっさと抜いて義歯(入れ歯)にしちゃってよ」とおっしゃる患者さんは、かつて一定数いたものです。令和に入ってからはさすがに少なくなりましたが、「悪くなった歯は抜く」「年寄りになったら入れ歯が当たり前」と思っている方たちに、自分の歯を長持ちさせる重要性を伝えるポイントは、若い頃とても苦労した記憶があります。
義歯をうまく使いこなすには、天然歯(元の自分の歯)との違いをしっかり理解しておくことが大切です。作った当初はぴったりフィットしていた義歯がなぜゆるむのか、こうした現象を最小限にするにはどう工夫すれば良いか、といった「義歯のコツ」を把握しておくと快適に使用できます。人工物である義歯自体の寿命も延ばすことが可能です。
天然歯は「歯根膜(しこんまく)」と呼ばれる根の周りを取り囲む線維によって、歯槽骨(歯を支える骨)とつながっています。一見小さく見える歯根膜ですが、表面積は非常に広いのが特徴です。すべての歯を合わせると手のひらの約3分の2にも相当するとされ、この存在により天然歯ではしっかり、かみしめることができるのです。前歯では15キログラム程度、奥歯では自分の体重と同程度の力を負担すると言われています。
これが義歯になるとどうなるかというと、歯根膜の代わりに義歯の下にある歯ぐきで力を受け止めることになります。狭い歯ぐき部分の面積と歯根膜の表面積合計とを単純に比較すると、半分ほどにしかなりません。義歯が天然歯のようにうまくかめない理由はまずここにあります。
特に力のかかる奥歯が義歯になれば、歯ぐきに大きな負担がかかるのです。これまでと同じようにかんだら歯ぐきが痛くなる、あるいは歯ぐきの萎縮が進行するといった症状が出てきます。