カマタの「駄々イズム宣言」/鎌田實

鎌田式 死ぬときに後悔しない生き方

鎌田式「死ぬときに後悔しない生き方」<50>

死を意識し始めると、しがらみの多い現代社会でおもしろいことをするには、「わがままになっていいんだ」という開き直りもできるようになりました。「俺はこうしたいんだ」と、ある程度の“わがまま”を通すことが「最後まで自分らしく」生きることにつながる。

【ちょうどいい「わがまま」】

「わがまま」というと、いけないことをするようなイメージがあるかもしれません。でも“駄々っ子上等!”。適度なわがままなら周囲も受け入れてくれるというものです。

ダダイズムは、1910年、第1次世界大戦に対する抵抗から始まった、既成の秩序や常識に新しい人間の生き方を目指した。

ぼくは自己決定の大事さを繰り返し説いていますが、自己決定というのは「強い欲求」の表れなのです。でも、強い欲求があるということは、生きるエネルギーの発露。決して悪いことではないはずです。

ぼくは義理の両親に拾ってもらい、生きることができました。「いい子」でいないといけないと、そんな生き方をしてきた。そんななかでも、少しでも自由にこだわって生きてきた。

【ラストダダ】

下山の準備しながら、貧乏の中で育ててくれた父や母が亡くなり、さらに大きな自由を目指して。鎌田はダダイズム宣言を行いました。それが“ラスト駄々”と思っていたら、あにはからんや77歳のいまでも、新たな駄々が次々と心にわいています。「うまいように死ぬ」(扶桑社)。下山の準備を書きました。