歯学博士・照山裕子「口福のヒント」<33>
検診にいらっしゃる女性患者さんから「妊娠するたびに歯が1本ずつなくなってしまった」という話をよく聞きます。ただ、そのメカニズムを正確に分かっている人はいません。大半が「赤ちゃんにカルシウムを奪われて歯が弱くなった」という誤解をしています。妊娠のネガティブな側面としてこの話が独り歩きないよう、迷信を吹き飛ばしたいと思います。
そもそも妊娠は、口の環境が一変する一大事です。摂取する食品の嗜好(しこう)が変わり、人によっては食事の頻度も増えます。極端に甘いものを欲していたのに、途中から酸っぱいものが欠かせなくなった等、時期によって変わることもあります。だらだら食べるとつわりがおさまるケースもあれば、気持ちが悪く吐いてしまうこともあるでしょう。歯ブラシなどを口に入れることすらしんどいという患者さんにも多くお会いしました。これらはすべて、虫歯菌が活性化する最適環境になってしまうのです。
食事の度に口の中は酸性に傾き、歯の表面からミネラルが溶け出します。この現象を「脱灰」と呼びますが、やがて唾液中のカルシウムなどでその部分が補修される「再石灰化」によって歯が守られています。間食を含めて、食物が口の中に入る回数や時間が増えれば、この正常な働きが乱されます。歯が修復されるタイミングが減り、酸性下で虫歯菌が暴れ出すとやがて歯に穴があきます。嘔吐(おうと)によって胃液が逆流すると口の中が酸性になるため、これもダブルパンチです。
対策としては、とにかく酸性になる時間を極力短くする心がけをすること。何か口にしたら素早く水でゆすぎましょう。野菜ジュースやヨーグルトなど、糖質を含む飲み物も同様です。強く速くゆすぐ「ブクブクうがい」には、食べかすを洗い流す効果だけでなく、酸性状態を瞬時に中性に戻す作用も期待できます。