【町田樹解説】フィギュア五輪シーズンに王道曲有利?ワリエワ「ボレロ」に過去超えの自信か/1

曲についての分析を説く町田さん

北京オリンピック(五輪)を迎えるフィギュアスケート界。14年ソチ五輪代表で国学院大助教の町田樹さん(31)に、いまだからこそ知りたいトピックを解説してもらった。通説、大会中に疑問に思われるだろう規則、競技の根底に関わる懸念まで。第1回は「五輪シーズンに王道曲を使うのは有利なのか」【聞き手=阿部健吾】

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「私は、近年、曲の起伏が少ない現代的な楽曲を利用する選手が多くなってきたという印象を受けています。王道的な曲か、モダン的な曲か。実は、どちらにも一長一短があり、どちらが良い悪いというわけではないのです」

4年に1度の五輪では、「王道」とされる楽曲を使用する選手が多くなる-。そんな通説を聞くと、明解な分析が返ってきた。まずは王道のメリットを話してくれた。

「例えば“白鳥の湖”や“オペラ座の怪人”などのミュージカルやバレエの有名楽曲を使用する場合、その原作の登場人物や物語についてはジャッジや観客も知っています。したがって、目の前のスケーターが何を演じているのかということを、事前に観客の側が理解できているため、演技に対する共感がとても得られやすいのです」

次はデメリットについて語ってくれた。

「共感が得られやすい代わりに、観客の側の期待値が高くなる傾向があります。例えば、“オペラ座の怪人”の怪人役を演じる際、観客は演技が始まる前に、すでに頭の中で怪人のイメージを膨らませています。もし、この観客の期待と選手の演技の間にギャップが生まれてしまったら、おそらくネガティブな印象を与えてしまうことになるでしょう。また、王道曲は多くの選手が使っていますので、必然的に過去の傑作と比較されてしまいます。したがって、王道曲を使用する場合は、過去の傑作や観客の期待値を超越する覚悟が必要になるのです」

続いてモダン曲のメリットはどうか。

「曲に起伏がなく、メロディーもあまり感じられないモダン楽曲の場合、曲調にプログラム構成が引っ張られません。どういうことかと言いますと、先ほど言及した王道曲などでは、どうしても盛り上がりや、スローパート、アクセントとなる音などに応じてジャンプやスピン、ステップなどを配置していく必要があります。そうしないと曲と動きが合っていないとみなされ、演技構成点で良い評価を得ることができません。しかしモダン楽曲には起伏がないので、ともすれば音楽を無視しても、そんなに違和感を感じないわけです。したがって、自分が最もやりやすい位置に技を配置するなど、自由にプログラムを構成することができるメリットがあります」

4回転ジャンプを複数跳ぶ高難度時代が男女とも加速したことで、選手が跳びたいタイミングを重視した。それがモダンの使用率を上げていると見る。では、デメリットはどうだろうか。

「モダン楽曲は音楽だけ聴いてても起伏がない分、ジャンプの失敗が続くと余計に、淡泊で単調な演技になりやすいです。選手自らで音楽をけん引して観客の側にアピールしないと、結局どんな演技だったか、終わってみれば何の印象も残っていないという悲惨な事態が起こり得ます。ですから、感情表現や動きのボキャブラリー、はたまたコンセプトなどの点で創意工夫を凝らして、観客の側に積極的にアピールしていかないと、どうしても印象の薄い演技になってしまうわけです」

ジャンプ、スピン、ステップなどの要素だけに還元できない動き。曲に支えられる要素が少ないからこそ、体を使った意外な動作などの創意工夫がより一層求められる。14年にシングルとペアでもボーカル(歌唱)入り曲が解禁された後、技術の向上と重なるように、選曲に関する通説も変わってきているようだ。

王道的な曲か、モダン的な曲かで選択曲のメリットとデメリットを解説してもらったことを踏まえて考えてみると、興味深い例の1つは、女子の世界最高点保持者で金メダル最有力の15歳、ワリエワ(ロシア)だろう。フリーには王道「ボレロ」を持ってきた。彼女は高難度ジャンプを操るが、跳びやすいモダン曲ではなく、比較対象が多い「ボレロ」を使う意図は-。

「あくまで推測ですが、難しい技をこなしながらも、過去を乗り越えられるとの自信があるのではないでしょうか」

【北京五輪】フィギュアスケートの日程

果たして、どんな演技を披露するのか。まずは4日の団体戦から競技が始まる。ワリエワだけではない。五輪だからこその各スケーターの狙いを感じるのも面白い。最後にまとめを。

「戦略なき選曲はどちらを選んでも失敗します。自分の戦い方、見せ方に応じた曲選びが非常に重要になりますね」