【フィギュア】45年前に日本初3回転半・松村充さんが世界初4回転半に挑む羽生結弦にエール

77年に日本人初のトリプルアクセル成功者となった松村充さん

45年前、日本人で初めてトリプルアクセル(3回転半)を成功させた松村充さん(64=KOSE新横浜スケートセンター)が、北京五輪で4回転半に挑む羽生にエールを送った。76年インスブルック、80年レークプラシッドの両五輪に出場した元選手。77年11月に行われた日本と旧ソ連の親善試合で初成功した。国際スケート連盟(ISU)非公認で世界初とは認定されなかったが、当時の超大技に挑んだ経験から応援する。

習得には「2年ほどかかった」という。「トップスピードから2回転半を跳んでいると、いけそうだなって感じるんです。ただ、怖かった。手本がなく、限界以上の動きで体が壊れるんじゃないかと。羽生選手も同じだと思います。彼の3回転半には相当な余裕がある。もう1回転いける、と思ったはず」と想像する。

当時はスパルタの時代で「数えたことはないけど1カ月で1000発くらいは跳んでいたかもしれない。すると体が慣れてくる」と45年前に成功した。翌78年の世界選手権では「神風」と注目されたが、転倒。バーン・テイラー(カナダ)が降りて世界初を譲った。

一方で代償は大きく80年に2度目の五輪に出た後、椎間板ヘルニアで4カ月入院した。「相当、無理をしていた」と社会復帰すら危ぶまれたほどのダメージで引退。以後、後進の育成に当たってきた。指導者として挑戦を誇らしく思う。ほぼ半世紀たっても成功がない1回転上のアクセルに五輪で挑む羽生に期待した。

「羽生選手はオリンピック金メダリストです。明日のフリーでは自分の持っている力を全て出すために練習を重ねてきたはずです。覚悟はできています。あとは1つ1つ練習でしてきたものをやるだけです」

「全日本では4Aは7~8割程度の回転がけでしたが、今回は全てを出し切る回転をかけると思います。ものすごい気迫で攻めていく姿が想像できます。歴史に残る演技になることは間違いないでしょう」

「心より応援しています。攻めることで喜びと生きがいを感じ、自分自身を高めていく羽生選手にエールを送ります」【木下淳】