<北京オリンピック(五輪):スノーボード>◇男子ハーフパイプ(HP)決勝◇11日◇雲頂スキー公園
スケートボードとの二刀流挑戦を経て手にした悲願の金メダル。平野歩夢が、誰も成し遂げたことのないチャレンジを最高の形で成就させた。幼少期から青春期、そして現在に至るまで、その歩みを間近で見てきた関係者たちが、それぞれの立場から、金メダリストがたどってきた足跡について語った。
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山形・小国町の横根スキー場は、スノーボード男子ハーフパイプ(HP)金メダルの平野歩夢(23=TOKIOインカラミ)が世界で羽ばたく原点となった場所だ。常設ハーフパイプ(HP)のコース整備を担い「恒さん」の愛称で親しまれる高橋恒行さん(70)は、幼い頃の平野の姿が目に焼き付いている。「多いときはコースを300本滑っていた」という練習の虫が念願の金メダルを獲得。「ついにやったな!」と、まるで自分事のように喜んでいる。
平野が住んでいる新潟・村上市に隣接する小国町のスキー場には常設コースがあることから、一家は車を走らせよく通った。高橋さんが平野に初めて出合ったのは4歳のころ。父英功さんや長男の英樹さんと一緒に来た少年に目がとまった。
「スキー場の利用券を買おうとしていた歩夢は発券機のボタンが届かないほど小さくて可愛らしいかんじなんですが、コースに入ると印象がガラっと変わった」。壁面はコンクリート仕様。長さは100メートル、幅15メートル、高さは4メートル。初めて挑む大人でもたじろぐコースだが、4歳の男の子はいとも簡単に滑っていた。
14年ソチ大会前には平野のために、スキー場の一部に特設コースを設置。英功さんが取り寄せたマットを着地地点に敷き、スピードを乗せてそり立つ壁に入って高いエアを繰り出す練習に打ち込んだ。そのかいもあり初の銀メダル獲得。大会後に平野がスキー場に凱旋(がいせん)した際、銀メダルを見せてくれたことが誇らしかった。
それ以降は海外で活動することが多くなった平野だが、時おり横根スキー場に足を運んだ。スケートボードとの二刀流に励んでいた時期も地元に帰った時には訪れ、感覚を確かめるように何度も常設HPを滑っていた。
「歩夢がいつ来ても良いように最高の環境をつくった」という高橋さん。平野の歩みに「挑戦を極めた証しだ」とたたえた。「歩夢と北京で滑ったパイプの話をするのが楽しみ」と再会を待ち望んだ。【平山連】