<北京オリンピック(五輪):スピードスケート>◇男子500メートル◇12日◇国家スピードスケート館
スピードスケート男子500メートルで新浜立也(25=高崎健康福祉大職)はスタート直後に体勢を崩し、35秒12でまさかの20位に終わった。高亭宇(24=中国)が34秒32の五輪新記録で優勝した。
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これが五輪の難しさか。まるで悪魔に魅入られたかのように、右足を滑らした新浜の体が前のめりになった。「右足(のエッジ)を氷に2回ぐらい刺した。そこを修正できなかった」。100メートルは10秒11で出場30人中28位の通過。必死で追い上げたが、1度乱れたリズムは戻らなかった。
最も期待された最終の15組目のスタート。同走のデュブルイエ(カナダ)がスタートで少し動き、フライングがあった。やり直しになったが動揺はなかったことを強調した。
8組目で、34秒32の五輪新記録を出した高のタイムにも、「34秒2台だと厳しいが、34秒3台は想定内」。重圧も感じず、冷静にスタートしたつもりだった。だからこそ「現状、理解していない。自分でも何で起きたか分からない」と、原因をつかめない。
20年3月、世界選手権スプリント部門では日本男子2人目の優勝を経験。19-20年シーズンにW杯500メートルで日本男子としては19年ぶりの種目別総合優勝を果たした。初五輪ながら日本のエースとして臨んだ。
日頃から「五輪は特別な大会だとは思っていない」と繰り返す。その真意は「スケート人生の目標は全タイトル制覇」だから。五輪はその1つにすぎないという発想だ。その夢は「未熟でした」と、わずか3、4歩で終わった。
「悔しさは1ミリもない」
「五輪はやはり、特別な大会ではなかった」
ミックスゾーンで、自分を鼓舞するように言った。4年間、日本のエースとして先頭に立ち続けるには、そう自分を強く見せることも必要だった。しかし、その目は少し赤い。
「自分が思い描いたお家芸の復活が近づいていた」。自身はメダルに届かなかったが、北海道別海町の同じ少年団の森重が結果を残した。「日本男子短距離としてメダルを取れて良かった」。最後まで短距離陣を思っていた。【三須一紀】