東京オリンピック(五輪)を目指す選手たちは、どんな曲を励みにしているのだろう? 各競技の一流選手たちに、イチ押しの曲を挙げてもらった。「歌は世につれ世は歌につれ」--。それぞれの世代を示すような選曲となった。いずれも選手たちの背中を押すような曲ばかり。音楽も東京五輪に欠かせない大事な要素になっている。

ライトアップされた国立競技場
ライトアップされた国立競技場

水泳 大橋悠依(24=イトマン東進) BiSH「PAiNT it BLACK」

大橋悠依
大橋悠依

アップテンポの曲でかっこよくて、歌詞も強い感じで大好きです。この曲は、試合前でも家でも、いつも聞いている感じです。この曲の歌詞に「甘え、弱気な気持ちが手を伸ばすとすぐそこにある感じです。もういらないのに、黒く塗るさ」というところがあるんです。ここがかっこいいな、と思います。「ビッシュ」のことは、去年10月ごろに知りました。最初は(チームメートの)萩野(公介)君に勧められて、聞いたんです。はまりました。私がオタクになっちゃいました…。今年はライブにいくこともできましたし、とてもよかったです。

柔道 鍋倉那美(22=三井住友海上) 安室奈美恵「Fighter」

鍋倉那美
鍋倉那美

毎日聞く、お気に入りソングだ。試合前や落ち込んでいる時、リラックスしたい時など状況はさまざま。小学生の頃から昨年9月に引退した安室さんの大ファンで、東京ドーム最終公演チケットも当選、勇姿を見届けた。「曲を聞くだけで元気が出る。ライブDVDも何百回と見てパワーをもらっている。スマートフォンケースも安室ちゃんの25周年のもので、本当に本当に大好き」。安室さんの「Hero」は、NHKの16年リオ五輪テーマ曲だった。「五輪といえば『Hero』で、私のヒーローは安室ちゃん。曲を聞いて東京五輪まで突っ走りたい」と話した。

陸上 寺田明日香(29=パソナグループ) 星野源「アイデア」

寺田明日香
寺田明日香

寺田は女子100メートル障害日本記録を持ち、1児の母でもある。両立の大変さを知るからこそ、マルチに活躍する星野が好きだという。「星野さんは歌手だけでなく俳優、本も書かれて、1つ1つで成功されている。すごく努力をされているんだろうなと尊敬しているんです」。アイデアは18年前期のNHK連続テレビ小説「半分、青い。」の主題歌。当時の寺田は7人制ラグビーで故障に苦しんでいた。その歌が流れてくると、沈みがちな気持ちが「今日も頑張ろう」と前向きになったという。もちろん今もスマートフォンのプレーリストに入っている。

卓球 伊藤美誠(19=スターツ) Little Glee Monster「ECHO」

伊藤美誠
伊藤美誠

今年の11月10日、W杯団体戦(東京)で現在、世界ランキング2位で同い年のライバル孫穎莎(中国)との注目のエース対決。2-2で迎えた最終ゲーム前だった。この曲が東京体育館に流れた。「すごく大好きな曲でうれしかったんですけど、全くコーチのアドバイスが耳に入らなくて(笑い)。本当にそれぐらい自分の中ではリラックスできた。絶対に勝ちたいと思った」。競り負けたが力をもらった。同グループは伊藤の大会報告会にゲストとして出席するなど、公私ともに関係が深い。同曲はNHKの19年ラグビーW杯日本大会のテーマソングでもあった。

セーリング 吉田愛(39=ベネッセ) ドリーミング「アンパンマンのマーチ」

吉田愛
吉田愛

東京で4度目の五輪となる吉田は、12年に結婚し、リオデジャネイロ五輪翌年の17年6月に長男琉良(るい)君を出産した。それまで、1年365日24時間、頭からセーリングのことが離れなかった。しかし、子供が生まれてからは、子育てがオフの生活の軸となり、切り替えが「うまくなって、失敗やミスを引きずらなくなった」。ただ、セーリング以外は子育て一辺倒のリズムになった。だから、国立音大付高でピアノを学んでいたが「自分の音楽を聞く暇はない。もっぱら朝の(子どもに見せる)アンパンマンのテーマが音楽です」。

空手 植草歩(27=JAL) Official髭男dism「宿命」

植草歩
植草歩

7月のアジア選手権女子組手68キロ級でまさかの初戦敗退を喫し、帰国後は2日ほど自宅に閉じこもったという。「疲れ切ってしまい…。外出する気がおきず、部屋でテレビばかり見ていたらこの曲が流れてきた」。アップテンポなリズムに励まされ、再び前を向くきっかけとなった。そして歌詞は心に響いた。「空手界のために自分は勝たなければならない存在。それが『宿命』なんだと思えた」。今年の夏の高校野球特番の応援ソングとして、球児たちを後押ししたあのメロディーは、東京五輪金メダルを狙う空手家を勇気づけてもいた。

自転車 大池水杜(23=ビザビ) TERIYAKI BOYZ「TOKYO DRIFT」

大池水杜
大池水杜

「音楽は絶対に必要ですね。試合はもちろん、普段の練習も音楽が流れる中でやっていますから」。国内の大会はもちろん、W杯や世界選手権も自分で選んだ曲で演技をする。「気持ちがあがる曲がいい。聞くのは、ヒップホップとかラップが多いですね」。TERIYAKI BOYZは、リップスライムのILMARIらMC4人とDJのNIGOによるヒップホップグループ。そして「一番好きな曲は『TOKYO DRIFT』」。イヤホンは「集中できないから」しないが、会場に流れる曲を背に、豪快な技で観客を沸かせる。


水泳 寺内健(39=ミキハウス) Erykah Badu「Honey」

寺内健
寺内健

エリカ・バドゥはもともと好きだったんですが、ここ4~5年は特によく聞くようになりました。R&B寄りの音楽で、もともとの音も好き。この曲は、ここぞという時、テンションを上げたい時の試合前に聞いています。PVもユニーク。自分が尊敬するアーティストのレコードジャケットに自分が入り込んで歌うという、ものすごく面白いものなんです。僕にとっては奥深い曲ですね。エリカ・バドゥはたびたび来日するんですが、チケットは即完売。以前、知り合いが「いけるよ」と誘ってくれたことがあったんですが、試合でいけなかったんです。

柔道 永山竜樹(23=了徳寺学園職) Survivor「Burning Heart」

永山竜樹
永山竜樹

愛知・大成高時代からの勝負曲だ。試合直前のアップ時にランニングしながら、この曲を聞いて集中力を高める。「自然と気持ちが奮い立ち、試合前のルーティンになっている。戦闘スイッチも入り、つらいことがあっても『やるぞ』と前向きになれる」。スマートフォンのお気に入りプレーリストに入れているが、聞くのは試合前だけと決めている。今月中旬の世界ランキング上位が争うワールドマスターズ大会(中国・青島)でもアップ時に聞いて優勝した。五輪代表争いは続くが、来夏の「日本武道館でもこの曲を聞いて、金メダルを取りたい」と気合を入れた。

陸上 飯塚翔太(28=ミズノ) Stevie Wonder「A Place In The Sun」

飯塚翔太
飯塚翔太

故障もあって思うようにいかず、気持ちが落ちていた15年。インターネットで「自信を持てる曲」と調べ、出合ったのが、この曲だった。最初は何げなく聞いていたが、英語の歌詞の意味を調べてみると、「今の自分にぴったり」と胸に響いた。うまくいかない時だって、必ず太陽の当たる場所、希望はあるというような歌詞だ。1年後のリオデジャネイロ五輪では見事に男子400メートルリレーで銀メダルを獲得した。苦難を乗り越えて「太陽の当たる場所に行けた」と曲名になぞらえる。66年リリースの世界的名曲は、時代を超え、飯塚の心を支えていた。

バドミントン 保木卓朗(24=トナミ運輸) 河口恭吾「桜」

保木卓朗
保木卓朗

保木は試合に向け、まず心を落ち着かせるよう気を使う。「自分は最初から気合を入れて上げすぎると、試合に入り込み過ぎて疲れて、後半空回りしてダメなので、静かな曲を聞くようにしている」。控えめで落ち着く歌を探して、この曲に出合ったという。同じトナミ運輸の小林優吾と組む「ホキコバ」で男子ダブルス銀メダルを獲得した世界選手権(スイス・バーゼル)の間も、ずっと聞いていたという。二人三脚で東京五輪を目指す実力者は「全部同じような静かな曲ばかり。EXILE(エグザイル)のような激しい曲は1つもない」という。

セーリング 外薗潤平(28=JR九州) 長渕剛「乾杯」

外薗潤平
外薗潤平

父親がよく歌っていたことで、外薗の中に長渕の歌が「しみこんだ感じ」だという。レース前は気分を高揚させるため、アップテンポな「マルーン5」などの洋楽を聞くことが多いと言う。しかし、外薗の原点は、やはり長渕だ。「乾杯」は、自ら歌ったりもする。「普段から、好きでよく聞いている」と家族との固い絆に思いを寄せる曲になっている。「乾杯」以外には、「しあわせになろうよ」もお気に入りのひとつだ。「どちらかというと、しっとり系かな。小田和正も聞きますよ」と、クルーという体が資本の屈強なセーラーからは意外な選曲が飛び出した。

空手 西村拳(23=チャンプ) BEGIN「三線の花」

西村拳
西村拳

昨年6月に逝去した恩師、木島明彦さん(享年72、近大前監督)が好きな歌だった。「さびの『三線の花』という部分を、『近大の花』と替えるのが母校流。木島監督も喜んでくれた」。名将の笑う姿を見たくて練習するうち、自分のお気に入りソングにもなった。空手発祥の沖縄ゆかりの楽曲で「旅行した時にお店で歌ったら、僕のへたな歌にも、沖縄の皆さんはノってくれた」と感謝。ちなみに、06年にリリースされたこのシングルCDのカップリング曲は『東京』。五輪空手の活躍を期する上で、バッチリな組み合わせかも。

自転車 中村輪夢(17=ウイングアーク1st) ANARCHY「RIGHT HERE」

中村輪夢
中村輪夢

「日本のラップが好きなんです。試合中はもちろんですが、いつも聞いています」。高さと難度を誇るライディングに、軽快なラップがよく似合う。推しは日本を代表するラッパー、ANARCHY(アナーキー)。「曲やリリック(詞)はもちろんだけど、同じ京都出身で高みを目指しているところにひかれます」と話す。清水寺でのMV撮影でも話題になった14年のメジャーデビューシングル「RIGHT HERE」は、その詞がダイレクトに心に刺さった。「今年は飛躍できたので、来年の東京五輪ではメダルをとりたい」と話す。