パラサイクリング野口佳子 20年東京で目指すは金

2020年東京パラリンピックのパラサイクリングで金メダルを目指す野口

静岡県掛川市出身の野口佳子(47=ウェルパーク)が、2020年東京パラリンピックの自転車競技、パラサイクリングで金メダルを目指している。かつてはトライアスロンを趣味にしていたが、16年4月、自転車から落車し、深刻な脳障害が残った。リハビリと周囲の支えもあり、同年11月、パラサイクリングに転向。8月、世界選手権優勝、ワールドカップ(W杯)全戦完全制覇を達成した。無敵の女王に君臨する47歳。2年後に懸ける思いを聞いた。

野口は練習前に、姿を見せた。たくましい太もも、ふくらはぎ、臀部(でんぶ)。「よろしくお願いします」と、ほほ笑む顔は若々しく、言語明瞭。障害を負っているようには全く感じさせない。

「障害の特徴なのかもしれませんが、私は自覚がありませんでした。事故の記憶も抜け落ちていて、すぐに普通の生活に戻るつもりでいました」

大学卒業後、薬剤師として働きながら、トライアスロンを趣味にしていた。15年の「佐渡トライアスロン国際大会」では女子3位。だが、16年4月、練習の一環で参加した自転車ロードレースで転倒。頭蓋骨骨折、脳挫傷、外傷性くも膜下出血を負い、記憶が途切れる高次脳機能障害と右半身にまひが残る可能性があると診断された。

「薬の名前も忘れ、漢字も分からない。父親のことも分かりませんでした。薬剤師を続けるのは無理だと判断し、会社に退職届を出しました。ドクターには『何でそのまま死なせてくれなかったのか』と言いました。でも、黙って話を聞いてくれました。そこだけははっきりと覚えています」

失意の状態から救ってくれたのは、担当医であり、離れた会社の元同僚だった。薬に関するクイズ形式のメールを送ってくれた。

「薬剤師仲間2人から毎日届く薬の画像を見て、徐々に名前や成分、効能などを思い出しました。事故後すぐに始めたことが良かったみたいです。本当に感謝しています」

驚異的な回復を見せ、担当医からも「薬剤師として復帰できるかも」と告げられた。手を差し伸べたのが、ドラッグストアのウェルパークで、「まずは1日2時間程度の勤務からで」と声を掛けてくれた。

「『障害があるからこそ、患者さんの気持ちが分かるのでは』と言われ、決心がつき、事故から3カ月で働き始めました。今でも薬の名前や漢字が出ないことがありますが、見守っていただいています」

仕事復帰後、自分がパラリンピック出場資格を有したことを知った。日本パラサイクリング連盟の関係者からも「1度、自転車に乗ってみて、4年後の東京を目指しませんか」と口説かれた。右半身にしびれがあり、スムーズには歩けないが、自転車は思うようにこげた。現在は、伊豆市の日本サイクルスポーツセンターでトラック、ロードの練習を積んでいる。

「合宿では5時間以上こぎます。普段は体調や予定に合わせ、30分~2時間程度練習します。トラックはスタートのパワー。ロードはスタミナ、位置取り、レース中の駆け引きなどの経験が重要。パワーのない私は、トラックのスタートは苦しいのですが、力がつけばロードでの速さにもつながる。相乗効果を狙って両方の練習をしています」

東京パラリンピック開催時には49歳。運動能力の維持には、細心の注意を払っている。権丈泰巳監督(45)は、練習の質を重視すべく、練習過多にならないように指導。だが、野口は自分に厳しい。

「週1、2回は筋力トレーニングを積んでいます。下半身、体幹を意識して鍛えています。測定した体年齢は21歳。あと2年、何とか維持したいですね」

トレーニングの成果もあり、8月19日、パラサイクリングW杯完全制覇を達成し、シリーズチャンピオンに輝いた。W杯はタイムトライアルとロードレースの各3戦が行われ、全てで頂点に立った。最終戦はカナダ・ベコモで開催。C2クラスのタイムトライアル(18・9キロ)は、32分19秒65。ロード(47・3キロ)は、1時間26分31秒で制し、盤石の強さを見せた。8月初旬、イタリアで開催された世界選手権のロードレースでも、優勝を飾っている。

「5月のベルギー大会では、道の悪い市街地でペースを抑え、沿岸部でアタックをかけました。なかなか振り切れませんでしたが、5、6回目でやっと決まりました。アタックを何度も仕掛けられたのは、トレーニングのおかげです」

東京パラリンピックのトラック競技は、伊豆ベロドローム、ロードは富士スピートウェイで開催。県出身者としても、金メダル獲得が期待される。実績十分のロードだけでなく、トラックのチームスプリントなどでも出場を目指している。

「メダルを取りたいのはもちろんですが、日本をPRできる大会だと思っています。1人でも多くの人が、日本に足を運んでもらえるように頑張ります。テーマは『すごいジャパン』を世界に発信することです」

話し終えると、野口はロード練習を始めた。力強く、生き生きとペダルをこぐ。その背中は希望に満ちていた。【古地真隆】

◆野口佳子(のぐち・けいこ)1970年(昭45)12月26日、掛川市生まれ。城東中-掛川西-北里大薬学部卒。中学、高校時代はバスケットボール部。昨年のパラサイクリングロード世界選手権では、タイムトライアルで優勝している。156センチ、47キロ。血液型O。

◆静岡県内と東京五輪・パラリンピック 自転車競技のトラックレースとマウンテンバイクは、伊豆市で開催される。東京・武蔵野の森公園をスタートするロードレース(男子約244キロ、女子約147キロ)のゴールおよび、個人タイムトライアルの競技会場は、小山町の富士スピードウェイに決定している。