号泣阿部詩らパリ組に伝えたい…3年前も誹謗中傷、殺害予告を受けた東京五輪代表が救われた言葉

女子52キロ級2回戦 ケルディヨロワ(奥)に一本負けし号泣する阿部(2024年7月28日撮影)

<取材ノートから~パリ五輪編>

パリオリンピック(五輪)で、勝負の舞台裏やメダルの有無を超えた選手の生きざま等を現地から伝えてきた日刊スポーツ取材班が、心に残った出来事を「取材ノートから~パリ五輪編」と題してつづります。

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パリ五輪の開幕前、ある選手を訪ねた。フェンシング男子フルーレ東京五輪代表の西藤俊哉(27=セプテーニ・ホールディングス)。今回は出場していない。けれど話を聞いておきたかった。3年前、彼もまた、誹謗(ひぼう)中傷にさらされていた。

21年8月1日、団体戦。3年後に金メンバーとなる松山恭助、敷根崇裕と挑んだ準決勝フランス戦で、西藤は7得点20失点した。42-45で決勝を逃す。「1人で13点マイナス…勝てた試合を自分のせいで」。準々決勝では五輪制覇7度のイタリアを破る金星に貢献したが、負けた試合だけ見た人には関係ない。直後から携帯電話が震え続けた。

3位決定戦を前に「代表辞退しろ」「2度と試合に出ないでください」。一瞬でSNSの受信通知は「99+」になった。自身の名がトレンド入りし、協会にも「西藤を使うな」などの投稿が殺到した。殺害予告まであった。

世界王者でも時に大敗する繊細な競技だけに、責める身内は皆無だった。しかし、心ない声は相次ぐ。銅メダルマッチは欠場。代わって補欠から昇格した永野雄大のスパーリング相手を務め、送り出した後、控室で1人になった。号泣した。

20歳、法大2年だった17年に世界選手権で準優勝。前年のリオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得したガロッツォ(イタリア)を破った。今も男子では太田雄貴の優勝に次ぐ成績。期待された24歳の初五輪は、メダルに届かなかった。チームは4位で自国の表彰台を逃した。

3年後。西藤は「今でも結果は悔しいけど、言葉の暴力だけは繰り返されてほしくない。でも今回は、コロナ禍で『夢舞台に立てた』と言っただけで批判された東京五輪よりは、減るんじゃないですかね」。そう健全化に期待していたが、パリでも中傷の嵐が吹き荒れた。連日、柔道やボクシングで燃え盛った。

「待て」が聞こえなかった、として永山竜樹を締め落としたガリゴス(スペイン)。まさか敗退号泣の阿部詩。性別問題で物議を醸し、世界中からメディアが殺到したヘリフ。騒動後、永山はガリゴスとのツーショットを投稿し、詩はパリの慟哭(どうこく)について「情けない姿を見せてしまい」と謝罪した。人生を懸けた五輪で闇に沈んだ上、火消しまでさせられるのか。ヘリフも「すさまじいイジメを受けた。やめて、心を殺さないで」。金メダリストと思えない悲壮感だった。

日本から見ていた西藤は「詩選手が心に響いた」という。敗れた後、会場で泣き叫んだ時間が次選手の出番遅れに影響したとして批判もされた詩に対し「柔道家の礼節も大事だと思うし、理解もできますけど、自分は、あれだけの涙に相当する努力を積み重ねてきたんだなと思った」。自身は東京五輪後、どこへ顔を出すにも「気まずかった」と引きずったが「すみません言うの、やめな」の言葉に救われた。やりたいことをできなかった。期待に応えられなかった。誰よりも選手が悔しい。謝るより、前へ。同じことを伝えたい。

今、西藤の言葉が意味を持つのは「中傷を見返す」「五輪の借りは五輪で」を3年後に果たせなかったからだ。右股関節の再生治療、左ふくらはぎの腱(けん)断裂などによる計8カ月の離脱も響き、あの舞台に返り咲き、リベンジすることができなかった。今大会、パリで傷つけられた選手たちも4年後は分からない。最初で最後の五輪で、たたかれたまま引退する選手も出かねない。

「フェンシングも今回、代表18人のうち16人がメダリストになりましたけど、あとの2選手だって、出場権を得ただけで快挙と言える種目」。本来、出るだけで喜ばれるはずの舞台で、注目度の代償を払う前提もおかしい。

救いは、西藤がまだまだ前を向いていることだ。

「フェンシング日本代表の仲間たちのパリでのメダル量産を刺激に、ロサンゼルス五輪を目指して集大成にできれば。とてもスッキリしています。自分があの舞台に立って金メダルを取れなかった悔しさ9割、ワクワク1割」

詩は「人生の中で忘れられない6日間」と再起の日に言った。西藤も「アスリートにとって競技人生で忘れられない試合、よく聞かれると思うんですけど、あの日を超えるものはないですね」。ただ、後ろは向いていない。

「あの瞬間は批判されたけど、その後の励まし、力になる言葉の方が圧倒的に多かった。SNSも、正しい使い方をすれば本当に支えてもらえる、いいツール。応援されてうれしくない選手はいない」

詩も心からの声を絞り出した。「温かい言葉の方が、人としては絶対うれしい」。今からでも遅くない。アスリートに激励を、敬意を、後押しを。【木下淳】

◆東京五輪の誹謗中傷 16年リオ五輪まで目立たなかったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響による開催への批判、開幕後は選手個人への誹謗中傷行為が顕在化した。卓球混合ダブルス金メダルの水谷隼は「死ね」「消えろ」等のダイレクトメッセージ(DM)を受け「俺の心には1ミリのダメージもない」と投稿。体操男子の個人総合で金の橋本大輝は、跳馬を巡り「金で金を買った」など海外から攻撃を浴び、国際体操連盟が「採点は公正かつ正確」と否定する事態になった。テニス女子の大坂なおみは聖火リレーの最終点火者に選ばれたこと、その後の3回戦敗退で批判を受けた。