【フェンシング】女子にも初メダル!東、上野、宮脇、菊池フルーレ団体が銅「歴史を変えた1歩」

フェンシング女子フルーレ団体 3位決定戦 日本対カナダ 試合終了間際、祈る東(左)と菊池(撮影・江口和貴)

<パリオリンピック(五輪):フェンシング>◇1日(日本時間2日)◇女子フルーレ団体◇3位決定戦◇グランパレ

【パリ=木下淳】女子にも初メダル! 東晟良(24=共同カイテック)上野優佳(22=エア・ウォーター)宮脇花綸(27=三菱電機)と、決勝でリザーブから昇格した菊池小巻(27=セガサミーホールディングス)の日本が、フェンシング女子悲願のメダルをついにつかみ取った。

世界ランキング4位の日本は3位決定戦で同6位のカナダと対戦。33-32で迎えた、わずか1点リードの残り「6・8秒」をアンカー上野が逃げ切ると、涙で円陣をつくり、歴史的ピスト(競技コート)の上を、日の丸を4人で掲げてウイニングランした。

難しい1回戦はポーランドに45-30で快勝。準決勝は第1シードのイタリアに39-45で敗れたが、切り替えて難敵カナダを破った。

女子だって最強だ。昨夏の世界選手権で16年ぶりに銅メダルを獲得していた4人が、五輪でも躍動した。これまで男子フルーレ個人の太田雄貴が08年北京五輪で銀、男子フルーレ団体が12年ロンドン五輪で銀、男子エペ団体が21年東京五輪で金、そして今大会の男子エペ個人で加納虹輝が日本の個人初となる金メダルを獲得してきたが、女子だけ遠かった。

銀、銀、金、金ときて初の銅メダル。加納に続き、日本が1大会で複数のメダルを獲得するのも史上初となった。

失意も乗り越えた。東、上野、宮脇は27日の個人戦でまさかの全員初戦敗退。ぼうぜん自失の1日から、自慢の団体戦まで悔しさをため込み、爆発させた。

パリで始めて五輪が開催された1900年に、パリ万博の主会場として建てられた名所グランパレ。124年の時を経て、フェンシング発祥国のフランスという最高の舞台で、フェンシング日本女子に史上初のメダルが輝いた。

▽東 最後は、もう願うしかないので。もうずっと願ってて、でも優佳ちゃんならやってくれると思って信じてました。東京オリンピック(6位)の時は正直(ベスト)4に入るのも、ちょっと難しい状況だったんですけど、その後から(世界大会で)安定して4に入れるようになってきて、そこから本当に五輪でメダルを取ることが現実的になってきました。本当にうれしい。メダルを持ちたかったので。

▽上野 今日も、みんなが信じてくれてたんで。最後、何とか一本勝負(ラスト1ポイントを取り合う決定戦)には持ち込まれないように、しっかり逃げ切ろうと思う気持ちで戦いました。女子初のメダルは、個人戦でもみんな期待されていたと思うんですけど(女子サーブル世界選手権2連覇の江村美咲も含めて)どの種目も取れなくて…。でも、団体戦は自分たちが最初に迎えるので、しっかり歴史を変えようって思ってました。ずっと男子ばかりだったので悔しかったし、何としても取りたかった。

▽宮脇 (重要な初戦で大活躍し)いい流れをつくれた。本当にここが目標だったし、絶対に取りたいという気持ち、でも約束はされてないという部分で、会場の雰囲気もあり、すごくプレッシャーはありました。でもチームメートに助けられながら、つかみ取ったので。本当に3年間、チームで頑張ってきて良かったという思いがあふれました。美咲ちゃんが1番(女子初)なら、それはそれでうれしかったんですけど、結果が出て、やっぱりフルーレが何としてもパリで女子初のメダルを達成したかったので、私たちが取るしかない! という思いを強く思って挑みました。大きな1歩になったと思います。

▽菊池 最後、信じてました。信じるしかありませんでした。ああいう時に頼りになるのが、上野選手なので。3位決定戦で相手がカナダと決まってから、こういう出方(要所で途中出場)とコーチから伝えられていたので。いい点数を取って、チームの勝ちにつなげたいと思っていました。達成することができて本当に良かったです。左利きとして、カナダとの相性もそんなに悪くないなと思っていたし、自信を持って戦うことができました。

 

◆フルーレ 手足を除く胴体両面および頭部が、ポイントが入る有効面。それが限定される上、突きのみが有効で、先に手を伸ばした方が攻撃権を持つというルールもあり、細かい手先の技術が必要となる。他にエペとサーブルの計3種目があり、日本はフルーレが“お家芸”と呼ばれる。団体は1チーム3人(リザーブ1)で1試合3分の総当たり9ゲーム制。45点を先取するか、終了時に得点の多いチームの勝利となる。