【フェンシング】銅にレジェンド泣いた…個人戦全員敗退後に鬼指導「メダル持ち帰るんでしょ!」

フェンシング女子フルーレ団体 3位決定戦 日本対カナダ 銅メダルを獲得し、写真に納まるボアダン・コーチ(左)と菅原コーチ(2024年8月1日撮影)

<パリオリンピック(五輪):フェンシング>◇1日(日本時間2日)◇女子フルーレ団体◇3位決定戦◇グランパレ

【パリ1日(日本時間2日)=木下淳】フェンシング「女子初」メダルがフルーレ団体で生まれた。

世界ランキング4位の日本が、同6位カナダと3位決定戦で対戦。33-32で破って銅メダルを獲得した。東晟良(24=共同カイテック)上野優佳(22=エア・ウォーター)宮脇花綸(27=三菱電機)と、補欠から決勝に途中起用された菊池小巻(27=セガサミー)が躍動。最後は1点差を「上野の6・8秒」で逃げ切り、日本勢の通算5個目、女子では初の表彰台に立った。男子エペ個人で金メダルの加納虹輝に続き、日本が1大会で複数メダルを手に入れたのも史上初となった。

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指導者に転じ、貢献したレジェンドが泣いた。47歳の菅原智恵子コーチだ。04年アテネ五輪から3大会連続で出場。07年の世界選手権で、男子に先んじて日本初のメダル(銅)を獲得した。「私たちに対する『なにくそ』が原動力になったはず」。のちに男子が躍進するきっかけにもなった。

引退後、東や上野をジュニア時代から指導。昨年、教え子たちが自身以来16年ぶりの世界メダルをつかんだ時には「本番に取っておく」と涙は封印していた。

個人戦で全員初戦敗退を喫した後は、鬼指導。「何としてもメダルを持ち帰るんでしょ! 東京五輪(6位)後、パリでメダルを取るためにやってきたんでしょ!」。鼓舞に応えた“娘たち”に泣かされた。

采配も当たった。3決のカナダ戦では10-10の場面で、補欠の菊池を今大会初投入。「左利きで相性もいい。最後の最後、とっておき」。リードが広がった。

普段は「おにぎりを握ってくれたり、お母さんみたい」(東)と慕われる。自身は08年の7位入賞が最高で「私はメダルに届かなかった。みんな本当にすごい」と涙をぬぐいつつ「次は金。男子も(太田雄貴の銀)メダルを見てレベルが上がった。女子も」。平均年齢25歳の剣士たちに、頂点まで寄り添う。【木下淳】