【五輪あと1日】谷亮子さん「最高で金、最低でも金」の名言秘話 三度目の正直へ覚悟決めた言霊

出場した五輪5大会で獲得したメダルを前に笑顔を見せる谷亮子さん

<パリで金 やっパリ金>

パリオリンピック(五輪)は史上初めて選手数が男女同数となる。ジェンダー平等を掲げるパリ五輪。日刊スポーツ特別コメンテーターを務める谷亮子さん(48)は、結婚、出産後も現役を続け、日本勢史上最多となる5大会連続で五輪メダルを獲得した。「パリで金、やっパリ金」と題して、自身の経験から今の思いを語った。

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5大会連続出場した五輪の中で、大切な言葉があります。初の五輪金メダルを獲得した2000年シドニー大会前に言った「最高で金、最低でも金」です。

16歳で初の五輪となる1992年バルセロナ大会に出場します。たくさんの応援を力に変えて銀メダルを獲得。次につながるいい経験と感じて、翌日からすぐに練習を再開。気付けば4年後を目指していました。

バルセロナ大会後、84連勝で1996年アトランタ大会を迎えます。20歳で迎えた2度目の五輪。再び銀メダルでした。大会を終えて帰国後2カ月間ほど休養を入れましたが、この期間こそが大変重要な時間になります。

イベントなどでテレビを通じて応援をしてくださったみなさんと、直接お会いする機会がありました。「次は金メダルをお願いします! 次は金メダル取れる!」と私の心の声を代弁してくれているように感じる激励の言葉の数々。中には握手しながら涙を流してくださる方々もいます。長年多くのみなさんが、わたしの試合を見ながら一緒に金メダルを目指してくださっていたことを知りました。やはり金メダルを多くのみなさんが期待してくださっていると、改めて感激したのです。

金メダルを獲得するまで、このチャレンジに終わりはない。ここからさらに4年後の、3度目の五輪への挑戦が始まりました。勝っても負けても毎日のようにメディアのみなさんは取材をしてくれます。2000年シドニー大会へ向けて連日インタビューが入りました。いつも目標を聞かれ「金メダルです」と答えていました。しかし、もっと今、私の心の中には強烈な金メダルへの渇望がある。そんな思いが募りました。そんな時、インタビュー中に出てきた言葉が「最高で金メダル、最低でも金メダル」だったのです。

本番4カ月前の全日本熊本合宿の公開練習。その日も、海外を合わせ100人以上のメディアの方が集まる中、その言葉を口にしました。言ったからには、有言実行する。世界一になるためには世界一の努力を続ける。三度目の正直へ、覚悟が決まりました。

2000年シドニー大会では25歳で初の金メダルを獲得。自らの言葉が言霊となり、自らを鼓舞する。「最高で金メダル、最低でも金メダル」はまさに頂点への原動力になったのです。(日刊スポーツ特別コメンテーター・谷亮子)