【柔道】永瀬貴規「最強」を五輪史に刻む史上初81キロ級2連覇「日本代表として誇りを持って」

男子81キロ級決勝 金メダルを手に笑顔を見せる永瀬(撮影・パオロ ヌッチ)

<パリオリンピック(五輪):柔道>◇30日(日本時間31日)◇男子81キロ級◇シャンドマルス・アリーナ

【パリ30日=阿部健吾】「最強」を五輪史に刻む偉業で証明した。

柔道男子81キロ級で永瀬貴規(30=旭化成)が、同級では五輪史上初となる2連覇を達成した。欧米選手の平均的な体格とマッチして世界的に層が厚い同級を制圧。メダル獲得は、16年リオデジャネイロ大会の銅から3大会連続となり、日本柔道で谷亮子、野村忠宏に続く快挙となった。今大会、日本で7個目の金メダルとなった。

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永瀬はその問い掛けを、優しくほほ笑んで受け止めた。「最強になりましたね」「いやいやあ、まだまだです」。照れたような、うれしいような。その柔和さが、畳の上で発揮される“柔らかさ”と重なる。はねつけない、受け入れる。その姿勢が2連覇に導いた。

圧勝劇だった。5試合で1つも技ありを取られず、受けた指導はわずか3。準々決勝で世界ランク1位のカスの捨て身技を冷静にさばき、延長戦で大外刈りで鮮やかに倒した。準決勝を一本勝ち、決勝では3年連続世界王者のグリガラシビリを撃破した。密着技が得意の相手の間合いでも受けてさばき、後方に倒す谷落とし2本で連覇を決めた。

「永瀬最強説」。日本の柔道界でささやかれて8年が過ぎた。言い出したのは旭化成の先輩で五輪2連覇の大野将平。初めて稽古で組んだリオ五輪前、永瀬は大野を足車で1回転させた。いわゆる「スーパー一本」。大野が投げられまいと自ら飛んだ。逆にいくら攻めても力が伝わらない感覚。重量級との乱取りも繰り返していた大野は衝撃を受けた。「永瀬こそ最強」。それがきっかけだった。

「吸収力」。それが強さだ。相手が力任せに押してきても、動きに合わせて力を吸収し、伝わらない。一流選手であれば、受けの体裁きも巧みだが、手足の長さを生かした懐の広さで、「遊ばすことができる」(大野)。欧米系の平均体重に近く、選手層の厚さは随一の81キロ級。スピードとパワーを兼ねた多彩な選手の技を、超高次元でいなす。密着されても、戦える。

東京五輪で頂点をつかんだ1カ月後。まだ酷暑の中で「パリまで3年しかない」と汗だくで稽古を再開した。鈴木桂治監督が国際大会から帰国した空港で「明日は休め」と諭しても、翌日は道場にいたことも。この3年は国際大会の優勝から遠ざかり、「自分の柔道を見失っていた」と回想する時期もあった。ただ、「重圧を抱えられるのも、今の立ち位置があるから」と喜びに変えた。喜怒哀楽も“吸収”し、気分で稽古を欠席することはなく、己に向き合ってきた。

「層が厚いと言われている階級で、昔は日本人がなかなか勝てないと言われていた。覆したいという気持ちを持って、日本代表として誇りを持って取り組んでいた。それが証明できて、うれしい」。最強、その称号に、はねつけもせず、こだわりもしないだろう。ただ、受け入れる。それが永瀬の生き様だ。

◆永瀬貴規(ながせ・たかのり)1993年(平5)10月14日、長崎市生まれ。6歳から柔道を始め、中学まで長崎市内の養心会で練習。長崎日大高進学後、高2で高校選手権、高3で高校総体優勝。筑波大に進学した12年に全日本ジュニアを制した。16年に旭化成に入社。世界選手権は15年金、22、23年銅。右組み。得意技は大内刈り、内股。181センチ。