【スケボー】逆転金メダル堀米雄斗の隣には、語り合い、磨き合ったたくさんの仲間がいた

スケートボード男子ストリートで金メダルの堀米(中央)。左は銀メダルのイートン、右は3位のヒューストン(撮影・江口和貴)

<パリオリンピック(五輪):スケートボード>◇29日◇男子ストリート決勝◇コンコルド広場

堀米雄斗(25=三井住友DSアセットマネジメント)が2連覇を飾った。

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堀米にとってスケートボードとは“オリジナリティー”を求める挑戦だ。6歳で競技を始めた当初は、パークの中で「一番へたくそだった」。初出場した大会では予選落ちを経験し「自分の中で悩むことがすごく多かった」。そんな中、夢を追って高校卒業後に単身渡米。本場でもまれて強くしたのは「どんなにすごいトリックでも人と同じでは目立てない」という思いだった。スケボーの採点にはゴールやシュートといった絶対的な評価基準はない。トレンドや対戦相手の技術力により、絶え間なく変化を続ける競技の中で「オリジナリティーを出すことで、自分のスタイルもスケートのレベルも上がっていく」と心得た。21年世界選手権や東京五輪を制覇した後も、研究に時間を費やし、自身の名前から命名した「ユウトルネード」など独自の技やスタイルを追求してきた。

根源には「仲間との絆」がある。自分らしさを突き詰めることと、集団の一員になること。一見相反するかのように思えるが、「挑戦を続ける上で、1人ではできない部分がすごく多い」とうなずく。スケボーのカルチャーの土壌にあるのは他者とのつながりとリスペクト。「友達が『そういうトリックができるんだったら、もう1回転できるんじゃない?』とか『こっち側に回ってみたら』とかアイデアをくれて、『そんな見方もあるんだな』って試してみたりの毎日です」。語り合い、磨き合う。ライバルの進化につながり得ることでさえ。そうして、1人では表現することのできない「自分らしさ」を形作った。

初代王者となった東京五輪後「これ以上のことがあるのかなって、すごく行き詰まった」、「メンタル的にも、体的にも、どんどん壊れていった」と、バーンアウトの念に襲われることもあった。立ち直るきっかけをくれたのも仲間たちの存在。「スケートボードを始めた理由を考えた時に、友達や家族とスケボーするのが一番好きだなって」。初心に立ち返り、再び夢舞台に立った。

足元には原点の思いを込めていた。パリの頂点を踏みしめた特注のシューズは、競技を始めた江東区の小松川公園をイメージした配色。かかと部分には堀米家の家紋である「タカの羽紋」から着想を得たロゴを刻んだ。「家族もいつもいるし、周りに友達もいる。自分1人では戦ってないんだって」。五輪予選シリーズ、パリ五輪でも、絶体絶命のピンチからはい上がった。その精神力の理由を「滑ってるのは自分だけじゃないから。サポートしてくれてるみんな、家族、友達、ファンも…。みんなの応援が最後に乗れた鍵になった」と説く。スケートボードは個人競技。されど、堀米のそばには常にたくさんの仲間たちがいた。【勝部晃多】