金メダル侍は全員がキャプテンだ!お互い認め信頼した選ばれし男の熱情物語

日本対米国 3回裏日本1死、先制ソロ本塁打を放ちナインとタッチをかわす村上(左端)(撮影・江口和貴)

<東京オリンピック(五輪):日本2-0米国>◇7日◇決勝◇横浜スタジアム

強烈な個性を携えたプロ集団が調和した。金メダル獲得を厳命された24人の侍が真夏の戦いに挑んだ。

多種多様の個性を生かし、認め合い、尊重し合った。キャプテンなきチームが1つにまとまった。五輪メダルを目指し、野球を始めた選手は1人もいないだろう。日の丸の下に集まったプロ選手の熱情が強固な集団をつくりあげた。5戦全勝でつかんだ金メダルを侍たちがかけ合った。

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選ばれし24人のプロ野球選手が集まった。決勝米国戦の20日前、7月18日。同球団、同学年の選手同士がぎこちなく戯れた。寄せ集められた侍ジャパンの戦いが始まった。

柳田は右脇腹に不安を抱えていた。本番に間に合うのかと問われ「間に合っている」と強調。打撃再開2日目にしてスイング強度は「100です」と突っぱねた。初戦3日前の強化試合で電撃的に実戦復帰した。

開幕ドミニカ共和国戦で先発を託された山本は、平良がキャッチボール相手だった。「投手は球が速くて手が痛い」(平良)と特注の金色キャッチャーミットを構える相棒に投げ込んだ。近藤と源田が“切り札”を張った。代打近藤が右前打で出塁し、代走源田が甲斐のスクイズで生還。逆転サヨナラ勝ちにつなげた。

田中将は初登板で失点した栗林と青柳の両肩に手を添えて励ました。決勝トーナメント初戦の米国戦で田中将の4回途中3失点KOを、栗林が延長10回タイブレーク無死一、二塁での無失点投球で救った。不慣れな中継ぎで失点を重ねた青柳は、稲葉監督の誕生日に全員の前で歌声を届け、悲壮感を打ち消した。

甲斐と梅野はニコイチで扇を死守した。「城島さんから捕手2人で協力して連携を」(甲斐)。休養日に梅野が韓国-イスラエル戦を視察し情報共有し、甲斐は試合中にブルペンへの電話で救援陣にも伝えた。

村上は練習日にアメリカンノックを敢行。8番に座った最年少が先輩たちに食らいつき、米国から1発を放った。守備の名手菊池涼は、練習後に着替えを途中でやめて、率先して球を拾った。

栗原は1球入魂の「サーー!!」を響かせた。バブル方式で外出禁止。宿舎の卓球が息抜きの1つだった。「栗原がダントツで一番うまい」(山田)とスマッシュを決めまくり、延長タイブレークの代打出場で1球で犠打を決めた。

山田はすごかった。「1番DH」は味方の守備が終わってから打撃用手袋を装着。守備→打撃のリズムを維持した。準決勝の決勝打にトリプルスリー仲間の柳田は「山田哲人、すげーなと、マジで思いました」と興奮気味に言った。

浅村は少年みたいに跳びはねた。初戦サヨナラ打の坂本に真っ先に飛びついた。「五輪で印象深いのは長野のスキージャンプ」とK点越えの大ジャンプで喜びを分かち合った。吉田は空振らないスラッガーとして初見投手の軌道に食らいつき、チーム打撃を続けた。

山崎と岩崎はコーチ不在のブルペンを統率した。先発、中継ぎ、登板日が流動的だった大野雄は決まって球場の学生補助員とキャッチボール。けがで今季1軍2登板の千賀は「こんな状態で選んでもらった。どんな役割でも思い切って投げる準備をしていくだけ」と腹を決めた。

伊藤は#追いロジンで攻めた。準決勝韓国戦で相手打者からの指摘にも動じず「ルール的に何も悪くない。いつもよりも多めにつけるぐらいでいきました」。大好きなロジンをたっぷり右手にまぶした。決勝米国戦で先発勝利投手の森下は「やっぱり金メダルっていいなと思いました」。高校、大学と2世代の代表勝利に#追い勝利で3世代を制覇した。

坂本は心優しき兄貴分だった。不振にあえぐ中、必死に顔を上げた鈴木誠につきっきりで寄り添った。韓国戦前の声出し役に幼なじみのマー君を指名。輪の中心に迎え入れ、どことなく漂う元メジャーリーガーとの“距離”を取っ払い、決勝は自らが輪の中心で声を張り上げた。「自覚してやる選手たちが集まる。グラウンドに出れば年齢は関係ない。1人1人がチームをいい方向にと思ってやることが一番いいことだと思う」と繰り返し言い続けた。

多様性と調和-。今大会の基本コンセプトを侍ジャパンが金メダルで示した。キャプテンなき寄せ集めの24人は日の丸を囲んで輪になった。集合日から20日後、表彰台の最上段に上がった24人全員がキャプテンになった。心を寄せ合える最強のチームになった。【為田聡史】