東村山市「本当に残念」志村さん聖火ランナー叶わず

志村けんさん(2006年3月2日撮影)

新型コロナウイルスによる肺炎で29日夜に亡くなったタレント志村けんさん(本名・志村康徳=しむら・やすのり)は、東京オリンピック(五輪)・パラリンピックの聖火ランナーとして7月14日、地元の東村山市を走るはずだった。

闘病中に近代五輪124年の歴史で初の延期、そして急逝。詳細は未定も、東京2020大会組織委員会は今回の聖火ランナー権利を来夏に持ち越す方針だっただけに、無念の結果となった。

同市の聖火リレー担当部署・地域創生部東京2020オリンピック・パラリンピック推進課の川崎課長によると、昨夏に行った1年前イベントで来場者に「誰に東村山市の聖火ランナーを務めてほしいか?」と記入式のアンケートを取ったところ、志村さんが1位の得票数(数字非公表)だったという。

これを受けて都からの調査に市は「志村さん」と回答。最終的に組織委が走者として決定した後、同市として所属事務所マネジャーを通じ、本人に意思確認した。「喜んでお受けしたい」と快諾を得たという。川崎課長は「マネジャーさんから『ぜひ』と前向きな参加意志をいただいておりました。たくさんの市民も楽しみにされていた。ずっと(闘病の報道に)心配していましたが(悲報には)驚きました。本当に残念です」と神妙に語った。兄の知行さんが同市役所職員だっただけに、身近にも感じられるスターだった。

7月14日の志村さんの走行ルートは、直前に確定して発表される予定だった。有力候補とされていた場所が、西武新宿線・東村山駅の東口駅前広場。「志村けんの木」と呼ばれている3本のけやき、志村さん直筆の記念樹看板がある。1976年に「東村山音頭」をヒットさせた際、同市から感謝状を贈られた記念として植樹されたものだ。回復し、この場を走ることを誰もが期待していた。

渡辺尚市長は午前9時55分に「たった今、志村けんさんがご逝去されたとの速報ニュースが流れました。東村山15万市民の皆さんと共にご回復を祈っていましたが、願いが叶わず残念でなりません。心より哀悼の誠を捧げ、ご冥福をお祈りいたします。」とツイートした。

続けてFacebookに「志村けんさん、有難うございました!!」の題名で投稿。「志村さんの訃報はネットニュースでも報道されていました。東京オリンピックの聖火リレーのランナーをお願いしていましたので、来年元気に走っていただくことを東村山15万市民と共にお祈りしていました」

「もう志村けんさんの『東村山音頭』を二度と見ることができないと思うと、残念でなりません。改めて、追悼の誠を捧げ、ご冥福をお祈りいたします」

「けんさん、東村山の名前を全国に広めて下さり、また長年お笑いで全国の多くの方を元気にして下さり有難うございました。どうか安らかにお休み下さい」(原文まま)と悼んだ。【木下淳】