五輪あと50日“10の素朴な疑問”に答えます

3月、東京五輪・パラリンピックに向けた5者協議をする組織委の橋本会長(中央)。右は丸川五輪相。オンラインで参加する、左から小池都知事、IOCバッハ会長

新型コロナウイルス感染拡大が収束しないまま、7月23日の東京オリンピック(五輪)開幕まで今日3日で残り50日を迎える。医療体制や選手を含む大会関係者のワクチン接種など、いまだに課題は山積みだ。中止論が高まる中、五輪は本当に大丈夫なのか? 素朴な疑問に日刊スポーツ取材班が答えます。

■Q1 本当にオリンピック(五輪)・パラリンピックを開催できるの?

□A1 政府や組織委はコロナ対策を徹底して大会を開催すると言い続けています。政府は入国時の水際対策、国内のワクチン施策。組織委は大会関係者の行動管理や検査、選手村や競技会場の感染防止対策をそれぞれ担当します。

国際オリンピック委員会(IOC)はこの1年、全世界で5万4000人のアスリートが430の主要な大会に参加し、そこからウイルスを拡散させた事例がないことを、五輪を安全に開催できる根拠に挙げます。

大会関係者は「国内外問わずスポーツ大会が数多く開かれてきたが、クラスターが発生した事例はない。感情論ではなく、科学的根拠に基づいて判断すべきで、そう考えると厳重なコロナ対策を施せば開催できるだろう」と話しています。

■Q2 再延期はできないの?

□A2 今秋、来夏を挙げる声もありますが、可能性は限りなくゼロに近いでしょう。各競技会場、選手村、宿泊施設、取材・放送拠点…。特に民間施設の再々確保は困難を極め、1年延期に伴う追加経費2940億円クラスの負担がまた発生するとなれば、批判の沸騰は明らか。国や都があらゆる負担を丸かぶりすれば可能かもしれませんが、許されるとは到底思えません。

IF(各国際競技団体)との調整も昨年以上に高い壁です。本来は今年だった世界陸上、世界水泳などが五輪のために22年へスライド済み。IF最大の国際大会を再び動かせばIOCへの反発が避けられません。来夏になれば北京冬季五輪の後になり、24年パリ夏季五輪までも2年。動けないIOCが再延期に言及したことはなく、小池都知事も先月28日の会見で選手への影響を念頭に「基本的に難しい」と明言しています。

■Q3 どうなったら中止を決断?

□A3 開催都市契約の「解除」の条項に「開催国が戦争状態、内乱、ボイコット、禁輸措置の対象、交戦の一種として公式に認められる場合」にIOCが中止できると書いてあります。また「本大会参加者の安全が深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合」ともあります。注目すべきは後者ではないでしょうか。

ただ、契約にこう書かれているにもかかわらずIOCバッハ会長は中止を求めるどころか、開催を確信している発言を繰り返しています。IOC側から中止とは言い出さないとみるのが自然です。

一方、日本側はどうなのでしょうか。中止する場合の最終的な権限はIOCにありますが、現実的に東京都、そして政府にも決断してIOCに相談することはできるでしょう。その権限があるのはまず開催都市のトップ、小池百合子知事。政府はいつも「組織委や都を支援する立場」と言いますが、実際に延期は安倍晋三首相(当時)が前面に出て、IOCバッハ会長と直接、電話会談して決めました。ですから菅義偉首相にも同様のことが言えます。

一方、組織委はあくまで開催準備、運営をするいわば「イベント会社」のため、組織的に中止を申し出る権限はありません。「世論調査で中止論が8割近くになれば政権は持たず中止に追い込まれるかもしれない」と分析する関係者もいます。

■Q4 中止となった場合損害賠償は? 経済的損失は?

□A4 開催都市契約の第66条に「理由の如何(いかん)を問わず」IOCが中止を決めた場合、東京都や組織委は補償や損害賠償等の権利を放棄し、記述がないIOCは責任を負わない仕組みとなっています。不平等条約とされる理由です。

そのIOCから賠償金を求められる可能性を識者は指摘しています。シンガポール紙では、米NBCへ放送権料を返還する必要があるIOCから最低でも約1630億円の請求が日本に届く、と報じられました。組織委の武藤事務総長は先月13日に「あるのかどうか見当もつかない。そんなこと言い出す人がいるのかどうかも含めて予想がつかない」と困惑。流動的です。

経済損失は、野村総研の木内登英氏が先月25日に試算を公表。額は約1兆8108億円とされました。観客上限50%の場合は734億円、無観客では1468億円の損失とのことです。

■Q5 医療従事者は何人必要?

□A5 組織委は、新型コロナウイルスの対応に当たっている地域医療に支障のない形での体制構築を考えています。

既に大会開催に当たって必要な医療従事者のうち、8割程度は、めどが立っているといい、今後、さらなる合理化によって縮減を図れないかも検討しています。

1人が5日間程度、参加するという前提で算出された医療従事者の数は、もともと約1万人(医師約2600人、看護師約3600人、理学療法士その他約3800人)でしたが、リモート診療の導入やスタッフのシフト数の見直しにより、3割程度の削減に成功し、総数は7000人となる見込みです。

現状1日当たりのピーク時でも、当初の約700人から約540人(医師230人程度、看護師310人程度)に減りますが、武藤敏郎事務総長は「この数字は幅のある数字」と説明。6月中に観客上限方針が決定すれば、よりはっきりとした数字が示せるとしています。

■Q6 来日する選手団、関係者の数と大会中のコロナ対策は?

□A6 海外から五輪パラに選手1万5000人、大会関係者7万8000人が参加予定です。当初の大会関係者は18万人でしたが、延期経費を抑える簡素化とコロナ対策で半数以下に削減されました。彼らは大会期間中、行動ルール集「プレーブック」に従います。4月に公表された第2版では、各国・地域からの出発前96時間以内に2度の検査が全員に課されます。

空港での検疫後、一定条件を満たせば選手は練習可能。選手村に滞在する人は毎日検査を受けます。これは唾液式で、陽性の場合は鼻腔式で再検査。2種のスマホアプリでも観察されます。滞在は原則、競技5日前から2日後まで。観光地や村外の飲食店は利用できません。移動も専用車両。新幹線は1両貸し切りの予定です。違反者は参加資格剥奪の可能性があります。プレーブックは6月に最終の第3版に改訂されます。

■Q7 選手村でクラスターが起きたら? 受け入れ病院・病床は?

□A7 組織委は軽症者や無症状者向けの療養施設として、選手村の外に約300室のホテル1棟を借り上げる調整をしています。東京・晴海の選手村から数キロに位置するホテルだということです。

症状が出た場合は大会指定病院に搬送される予定です。組織委は現在、指定病院と交渉し、コロナ患者が出た場合に受け入れられるかどうかを調整しています。都内で9カ所、都外で20カ所の病院と指定病院にできるかどうかの交渉を詰めているところです。

野球会場などがある神奈川県では指定病院にこだわらず県全体の医療圏で対応する「神奈川モデル」を発表し、組織委に提言しました。

■Q8 選手は全員ワクチンを打つの?

□A8 IOCは5月上旬、五輪パラに参加する各選手団に米製薬大手ファイザー社製のワクチンを無償提供すると発表しました。ワクチン接種は義務ではありませんが、選手らに接種を推奨する立場を示しており、選手村に入る海外の選手や指導者の80%以上がワクチンを接種して来日する見通しです。

日本では6月1日から接種が始まり、東京・味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)を活用します。対象は選手ら関係者を含め約1600人。3週間の間隔で2回の接種が推奨されている中で、6月末に代表選考会の日本選手権を控える陸上では、7月になる可能性も出ています。国民向けとは別枠とはいえ、いち早く接種するアスリートが批判を受けないかといった懸念もあります。

■Q9 開幕したらパラ閉幕まで中止できないの?

□A9 できます。開催都市契約の第66条「契約の解除」に「開催国が開会式前または本大会期間中であるかにかかわらず」とあり、IOCが「ギモン3」の条件に該当したと認めた場合は中止する権利があります。

通常の契約解除=中止の場合はIOCが書留郵便、ファクス、配達証明付きの国際宅配便で開催国に通達しますが、仮に中止なら「緊急の措置」へ。その際の手順は示されていません。

組織委の武藤事務総長は先月27日の記者懇談で「五輪期間中に感染状況が悪化した場合、パラは開催できるのか?」と問われましたが「IOCと議論したことは正直ない」と返し「仮に五輪でクラスターが発生しても、対処して2度と起こらない運営方法に修正したい」と立場を貫きました。

■Q10 バブル方式って何? 本当に安全なの?

□A10 厳しい感染症対策をクリアした選手やコーチ、関係者だけが開催地に入れるようにする運営方式のことで、外部の人たちとの接触を遮断し、大きな泡(バブル)で包むようにします。昨年11月に東京で行われた体操の国際大会や今年3月のサッカー日韓戦など、多くの国際スポーツイベントで導入されています。

今回来日する選手や関係者は、入国前に14日間の健康観察を行い、さらにバブルに入るに当たり出国前の96時間以内に2回の検査を要求されます。入国時はもちろん、大会時にも原則毎日の検査が行われ、陽性が確定した場合は大会に出場することはできません。

東京での移動は大会専用車両だけを利用することが許され、公共交通機関は使えません。食事についても、感染症対策が徹底されている会場内のケータリング施設、宿泊先のレストラン、自室のルームサービスやデリバリーに限定されます。ただ、見えないウイルス相手に絶対安全はありません。バブル内に感染者が出れば、たちまち広がる恐れもあります。1人1人の正しい行動があってこそバブルは初めて生かされます。