橋本大輝 体操ニッポンの20歳新星がパリ五輪への思い語る/インタビュー

東京五輪男子体操で2冠の橋本大輝は、次のパリ五輪に向け、エッフェル塔を手にガッツポーズ(撮影・浅見桂子)

東京オリンピック(五輪)が閉幕したばかりだが、パリ五輪はもう2年11カ月先にある。新型コロナウイルスの影響で東京五輪が1年延期されたことにより、これまでで最も短いサイクルで五輪がやってくる。再び輝きを放つであろう選手たち。その候補の1人が体操男子個人で五輪史上最年少の個人総合覇者となった橋本大輝(順大)だ。7日に20歳になったばかり、種目別鉄棒との2冠を達成した新たな体操界の象徴が、ロングインタビューに応じた。スポーツの価値、SNSでの発信、そして2度目の五輪について-。【取材・構成=阿部健吾】

「1つお願いがあるんですけど…」

8月4日。前日に種目別鉄棒の決勝で完璧な着地を決め、個人総合との「2冠」を遂げた翌日。橋本は脇に置いた最も輝くメダルを見つめて、言った。

「なるべくなら、金メダルだけが写っている写真を撮るのを、やめてほしいんです」

意外な願いに、きちんと説明を重ねた。

「金を取るために頑張ってきたことを発信してくれたらうれしいと思っていて。スポーツの価値を高めるためには、もちろん結果は必要ですけど、人間性であり、人としてどうあるべきかが大事だと思います」

7日に20歳になったばかり。この時まだ19歳だった新王者は、真摯(しんし)に考えていた。7月28日、世界一の体操選手を決める個人総合を終えた後だった-。

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「周りの事は気にするな」。スマホをいじっていると、そんなメッセージが目についた。「何かしたかな」とSNSを開くと、理由はすぐにわかった。採点への疑問があふれていた。

王者を争ったのは中国とロシアの選手。特に中国語の書き込みが「日本びいき」と訴えていた。跳馬の着地で、右足が大きくマットをはみ出した。その減点が少ないと指摘していた。

「コメント量が多すぎて、翻訳もされてなかったので、あまり見る気にはなれなかったのですが…」

自分ではコントロールできない部分での意外な関心を、心の隅に置いたままにはできなかった。

「どうしても自分の気持ちを伝えたいと。時間を置こうと思って文章を練っていて、言葉を選んで。いつもなら、『頑張ります』など短い文章ですけど、これは短いと言えないなと。気持ちをはっきり伝えたかったので準備してました」

翌日だった。国際体操連盟(FIG)が1つの声明を発表した。「審査は公正かつ正確でした」。詳細な減点方法の記載が添えられた。選手を守るために動いた。それを確認すると、橋本も動いた。

「疑惑の判定になってしまう演技をしてしまったことは申し訳ありません。(中略)採点競技は主観的ではなく審判による客観的な採点で評価されます。他の選手も知った上でスポーツで競っていると思います。まだ大会は終わっていませんが、今大会において多くの選手とオリンピックという舞台で競い合えたことが私にとって大きな経験となりました。互いに称え合い切磋できることがスポーツの魅力であると思います」(ツイッターより)

考えを説明する前後には、開催にかかわった関係者などへの感謝もつづった。

「いまの時代、発信することは勇気があることだと思います。1つの言葉の間違い、勘違いで、生まれるものがあってしまう。言葉は一番伝えやすいがゆえに、心を傷つけやすい凶器にもなってしまうので。ましてや、いまは片手1本ですぐに相手のもとに意見が届いてしまう」

思案しながら、投稿を決断した。拡散され、その先に1つ、スポーツの価値を感じる出来事があった。

一緒に戦った中国の肖若騰が、中国のSNSで「選手への過度な攻撃はやめてほしい」と呼び掛けた。

「逆に、『なんで守るんだ』と肖選手が批判されてないか心配で。でも、そうやって選手1人1人が互いを認め合うのはうれしいです。コロナがはやり、五輪が開催されている中で、裏では医療従事者の方、ボランティアの方が働いてくださっている。そういう人の助けがないと生きていけない。だからこそ、アスリートも1人の人間として、1人の人間を助ける行動が求められる」

そして、感じた。選手という立場だからこそ、伝えられるものもある。

「アスリートが自分の言葉で発信することで、いま求められている、人と人との助け合いという姿も、片手1本でできる。だからこそ、心ない言葉が多かったですけど、その中でも『感動したよ』というメッセージをいただけたと思います」

片手1本で届く誹謗(ひぼう)中傷。それは逆に片手1本で、社会にメッセージを届けられるツールでもある。

もともと試合中に他選手の演技に拍手を惜しまない。個人総合でも、全演技をたたえる姿があった。認め合い、皆で全力を出し合い、戦うことに体操の魅力を感じてきた。

「人と人とを認め合うことが、より良い社会を作るためには必要なこと。演技以外でも、何か響くところがあれば、本当に良いなと思います」

それは7月26日に行われた団体総合決勝でも感じられた。萱和磨、谷川航、北園丈琉と一緒に戦い抜いた。

「初めてチームが1つになった瞬間が見られた気がします。助け合って、喜び合って。泣き合って」

結果はわずかにROC(ロシア・オリンピック委員会)に届かずに銀メダル。内容の充実感に、あとわずかの悔しさ。それを晴らす舞台が、パリになる。

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「フランスは行ったことないです。行きたいっす。体操も結構強い。サッカー、ラグビーが有名ですし、スポーツ文化がある」

あと3年弱。

「あっという間ですよね。次は社会人1年目でパリ。気づいたらあっという間に代表選考が始まるので、あと2年間しかないと思っている。でも、焦らずにやれば、さらに有意義にレベルアップできる。まずは目先のことをしっかりと」

ただ、1つすでに決まっていることもあるという。

「団体金メダル取ることは確定なので。個人でも確定事項です(笑い)。みなさんに期待される前に宣言しておこうと」

屈託なく、若さと勢いにあふれる発言で、団体と個人での頂点を見据える若き王者。この期間中でインスタグラムのフォロワーが6000人から約9万人になった。

「現役体操選手としては過去最高になったみたいですし、何か貢献したい。役に立てるトレーニング動画などもあげたいな。チャンピオンの立場で、応援、興味を持ってくれる方が増えるのが願いです」

五輪史に名を刻んだ19歳は、「スポーツの力」を自覚しながら、いまを生きる。SNS社会を生きる1人の人間としても、3年後のパリでも発信できることがあると信じている。

<橋本大輝(はしもと・だいき)>

◆生まれ 2001年(平13)8月7日、千葉県成田市生まれ。3人兄弟の末っ子で、「佐原ジュニア体操クラブ」で6歳で競技を始める。

◆戦績 千葉・市船橋高で18年高校総体個人総合優勝など。19年世界選手権では白井健三に続く史上2人目の高校生代表で団体銅メダルに貢献。

◆1本 ここぞの集中力は中学まで通った佐原ジュニアで。ケガ防止用にクッションが詰まるピットがなく、常に緊張感を伴った。いまも「僕はピットで1本通ったら次は絶対に陸(ピットなし)で通す」。

◆無限君 中学まで世代別代表経験なし。高校入学後に急成長。市船橋高の大竹監督は「体力は『無限君』。1回の練習で何度も試技できる体力、やれるまで粘れる精神力に目を見張った」。高3時の技構成の90%は2年間で習得した。

◆目標 あこがれは田中佑典で「小4で初めてテレビで見てきれいだと」。

◆得意種目、サイズ あん馬、跳馬、鉄棒。166センチ、54キロ。