<東京オリンピック(五輪):レスリング>◇7日◇男子フリースタイル65キロ級◇千葉・幕張メッセ
男子フリースタイル65キロ級の乙黒拓斗(22=自衛隊)も初出場で金メダルをつかんだ。決勝でアリエフ(アゼルバイジャン)を5-4で退けた。男子の金メダルは、12年ロンドン大会フリースタイル66キロ級の米満達弘以来2大会ぶりとなった。レスリングの金は男女合わせて今大会5個となり、過去最多の64年東京五輪に並んだ。
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2-2、時間は残り30秒。相手が最後に点を取ったため、このままでは負ける。「開催されると信じて準備して、ラスト30秒にいかされて、後半最後に取ることができた」。猛烈に攻めた。フェイントも交じえ、2段ロケットとも称される低空タックルを見舞う。
残り14秒、「猫みたい」と例える俊敏さで、ついに左足に食い付いた。4-2。相手の抗議が認められず、5-2。金メダルを手にするために必死に逃げ切った。「本当に夢をかなえられてすごくうれしいです」とむせび泣いた。
「よし、出掛けたぞ!」。父正也さんの号令がいつもの合図だった。団地の4階住まいで、敷布団を重ねてマット代わりにしても、兄圭祐と特訓する衝撃は階下に伝わる。「虐待じゃないかと疑われる…」と、不在の隙を狙う毎日だった。一戸建てに引っ越すと、8畳間にマットを敷き詰めた。下校して履き替えたレスリングシューズを、風呂と寝る以外は脱がない。壁には穴もあいた。
左右均等に打ち込みだけで1時間以上。地味な基礎が「スタイルはない」という変幻自在な王者の源泉だった。家では場外の際の攻防ができない。近所の山梨学院大に直談判し、特別に受け入れてもらった。大学生と一緒のメニューを終えても、「ロープ登っても良いですか?」「懸垂やっていいですか?」と聞いた。
中学からJOCエリートアカデミーに入り、中学、高校で全国一に。帰郷した山梨学院大2年の18年、世界選手権で初優勝した。熱心さは不変。トレーニング場の管理人が「もう4時間もやっている」とあきれることも多々。20年2月のアジア選手権からの帰国便では、周囲が寝る中ずっと反省ノートを書き続けた。
小6の卒業文集で「お父さん、お母さん、おばあちゃんを、ぼくが出るオリンピックにつれていってあげたい」と書いた。5日には兄が1回戦負けしていた。「全力を出して、兄の分も勝ちたいと頑張った」。小さな2人で競い合った日々の先に、乙黒家の栄光はあった。【阿部健吾】
◆乙黒拓斗(おとぐろ・たくと)1998年(平10)12月13日、山梨・笛吹市生まれ。4歳から競技を始める。東京・帝京高時代の14~16年に全国高校総体を3連覇。15年には世界カデット選手権54キロ級で優勝した。18年6月の全日本選抜選手権65キロ級を初制覇。プレーオフも制し、世界選手権初代表になると、初の10代金メダリストとなった。今春に山梨学院大を卒業し、自衛隊に入隊。173センチ。
<乙黒の得点経過>
▼第1P
1分2秒 乙黒がタックルからアリエフのバックを取って2得点。
2分51秒 アリエフがタックルから乙黒のバックを取って2得点
▼第2P
2分46秒 乙黒がアリエフをタックルで倒して2得点。アリエフ側がタックルを返したと主張してチャレンジ。認められず、乙黒にさらに1得点。
2分53秒 乙黒の反則でアリエフが1得点。
2分56秒 乙黒の反則でアリエフが1得点。