【オートレース】74歳で現役!今年1月に公営競技最年長V達成した「弾丸ミッキー」篠崎実

日刊スポーツ・キューポラ杯でレースを終え、勝負服を脱ぐ篠崎実(撮影・柴田隆二)

<オートレース界のレジェンド・篠崎実に聞く:前編>

篠崎実(74=川口)は、今も現役オートレーサーとして、第一線で活躍している。

東京都荒川区生まれで、生粋の下町育ち。全盛期には抜群のダッシュ力とハンドルワークから、「弾丸ミッキー」の愛称で多くのファンに親しまれた。

選手生活52年を超えたオートレース界のレジェンドに、そのエネルギーの源やプライベート、今後の目標などを聞いた。

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篠崎実は、今年1月23日に73歳10カ月29日で優勝した。この勝利で、元ボートレーサー加藤峻二さんの持つ「公営競技最年長優勝記録」の大記録を更新した。

また、通算勝利数は1500を超え、野球界で例えると間違いなく殿堂入りしている。2月で74歳を迎えたが、その走りは衰えを知らない。いつでも前向きで明るいベテランレーサーは、常に理想を追求してオシャレに立ち振る舞う。

-大記録を樹立して

篠崎実(以下篠崎) 自分にとっては、まさかの優勝だった。この記録(公営競技最年長優勝記録)を、オートレース業界に持ってくるのが目標だった。長年の選手生活を振り返ると充実していた。この年齢まで現役を続けられる丈夫な体に産んでくれた両親と、周りのサポートに感謝したい。やはり人間、1人では生きていけないから。記録は超えられるものだし、破られたら仕方ないと思っている。この間も、ボートレースの高塚清一選手に更新されそうだったみたいだね。優勝戦は4着だったのかな。とにかく、1度でも記録を達成できたことは良かった。

-選手になったきっかけ

篠崎 学生時代は、早くオートバイの免許を取りたいと思っていた。伊勢崎オート所属で8期生の土田一男さん(引退)が地元の先輩だったので、オートレースの存在は知っていた。自分も興味があったので、悔いの残らないように受験してみた。試験は一発で合格。養成所は厳しかったけど、大好きなオートバイに乗れるから何も苦にならなかった。

のちに「ミスターオート」と称された飯塚将光(故人)や人気レーサー且元滋紀(引退)、板橋忍(引退、現川口オート解説者)らとともに、9期生として71年に選手デビュー。2度のSG制覇を果たすなど、昭和から平成、そして令和のオートレース界に大きな功績を残した。

現在でも年齢を感じさせないアグレッシブな走りで、若手レーサーに対しても常に全力で勝負を挑む。(つづく)

後編【森且行とは旧知の仲 篠崎実の元気の秘訣は…】ここを押すと読めます

◆オートレースとは 8車立てで、1周500メートルのバンクを6周(ビッグレースでは8、10周の時も)して競う。全国5カ所にレース場がある。群馬・伊勢崎、埼玉・川口、静岡・浜松、山口・山陽、福岡・飯塚で開催される。

レースは、選手の技量の差によってハンデ(10メートル単位で最大110メートルまで)が定められている。競走車は左回りコースに合わせて、車を倒した時にハンドルが平行になるように取り付けられている。エンジンはオートレース専用に開発されたスズキ製の排気量600cc2気筒。ブレーキは追突事故防止のため付いていない。

選手は元ロードレース世界チャンピオンの青木治親、ロードレース出身の青山周平らがいる。22年の獲得賞金NO・1は、鈴木圭一郎で9817万6536円。過去の最高額は、04年に高橋貢が記録した1億4812万4255円。

後編【森且行とは旧知の仲 篠崎実の元気の秘訣は…】ここを押すと読めます