サカバカ日誌

小5でバレンシア入り、8年かけ磨いた「頭の回転」

暖かな日差しがうれしい春、新たな門出のシーズンである。街にはフレッシュなスーツ姿の若者が目につく。大学の入学式だったのだろうか。華やぐ笑顔が、まばゆい陽光をより明るいものにしている。

そんな光景を目にし、ふと、あるサッカー少年のことを思い出した。もう18歳か。今はどうしているのだろうか? そんな思いが突然、脳裏に浮かんだ。

2011年7月、大志を抱いてスペインへ渡る小学生2人の記事を書いた。

「日本人小学生、名門バレンシア入り」

2011年7月6日付日刊スポーツの1面
2011年7月6日付日刊スポーツの1面

今を時めくFC東京MF久保建英選手も、同じタイミングで世界的名門バルセロナに入団していたのだが、当時は日本人小学生がスペインの名門クラブの下部組織に入団するというのはまだまだ珍しかった(07年にアトレチコ・マドリード入りした宮川類選手もいた)。

あれから8年が過ぎた。当時10歳の小学5年生だった少年は18歳となっている。日本で過ごしていたら高校を卒業する年代である。追跡取材をすべく、当時所属していたバレンシアCFアカデミー(中谷吉男校長=大阪校、和歌山校)に問い合わせた。すると…、2人のうちの小柄な方の少年、光久大晴(みつひさ・たいせい)選手は今もスペインで奮闘していた。

現在に至るまでどう過ごしたのだろうか、いろいろと聞いてみたくなった。そこで後日、スペインにいる光久選手に直接、連絡を取らせてもらった。

3月で18歳になったサン・ホセの光久大晴選手(バレンシアCFアカデミー提供)
3月で18歳になったサン・ホセの光久大晴選手(バレンシアCFアカデミー提供)

■サン・ホセ所属の光久大晴選手

「バレンシア・アカデミー卒業生のミツヒサタイセイです」

開口一番、かつてのかわいらしい少年のイメージを壊す、低く太い声が耳に届いた。8年という時間の経過を実感した。

光久選手は現在、バレンシア州のサン・ホセというクラブの「フベニールA(18~19歳)」に所属する。8年前にバレンシアの「アレビン(11~12歳)」に加わり、インファンティル(13~14歳)、カデーテ(15~16歳)と順調に昇格。そしてカデーテの時にレンタル移籍でバレンシアの提携クラブ、サン・ホセに加わったという。

サン・ホセのフベニールAは、全国リーグの「ディビシオン・デ・オノール」に続く「リーガ・ナショナル」に所属。日本のユース年代に例えるなら、全国区の「プレミアリーグ」に続く地域リーグの「プリンスリーグ」に当たる。ここで右サイドバックとしてプレーしている。なおヨーロッパはシーズンの終盤戦、サン・ホセは首位と勝ち点の詰まった上位におり、ディビシオン・デ・オノール昇格を狙う位置だという。

-今はどんな選手ですか?

「自分で言うのもなんですけど、戦術理解度が高いと思います。洞察力がある、ゲームを読む力がある、そういうのを意識してやっています。バルセロナのセルジ・ロベルト(マルチな才能を見せる選手)みたいにサイドもできるけど真ん中もやれる。そういう選手を目標にしています」

-ここまで8年になりますが、振り返ってみて?

「バレンシアでプレーできたこと、将来プロになる選手たちと一緒にプレーしたことは大きい。ボクが日本人として初めてバレンシアでプレーしたというのはいい経験です。日本人がやったことのない挑戦をしてきたと思う。サン・ホセには、カデーテの途中にレンタル移籍してきて3年くらいになります」

-スペインで大変だったことって何ですか?

「コミュニケーションの部分が難しかった。プロでもこっちにきて語学の壁に苦しんでいます。サッカーがいくらうまくても、チームとしてのコミュニケーションが取れないと自分の力を発揮することはできない。自分は、とにかく毎日単語を10個覚えるとか、チームメートに積極的に話しかけるとかしました。日本語を話す相手もいなかったので、スペイン語しかしゃべりませんでした。やっぱりコミュニケーションが大事やと思っていますし、チームメートと仲良くなることが大事。グラウンドの中では助け合いなので。しゃべらない相手とはプレーもかみ合わない。チームが1つになって戦うことが大事ですから。こっちに来る(日本の)人ってよくあるんですけど、恥ずかしがる、自分から行きにくい。そういう日本人をいっぱい見てきたので」

プレーする光久選手(バレンシアCFアカデミー提供)
プレーする光久選手(バレンシアCFアカデミー提供)

■スペインで重視される頭の回転

補足しておくと、小学5年生でスペインへ渡ると、スペイン人家庭にホームステイしながら現地の学校に通っている。今も高校生である。街では日本人を見かけることがない。自らもスペイン人になりきって生活してきたのだという。

-日本とスペインの違いって何だと思いますか?

「スペインサッカーって、日本で思われている以上に頭の回転が重視されます。アジアよりヨーロッパのサッカーが強いのはなぜか? って、監督がよく言いますが、相手より走るのでなく相手よりどう走らなくて済むか、ずる賢さ、切り替えの部分は大事で、どこで走るのか。大事なのは走るべきところと走らないところ。ガムシャラにボールを追うのでなく、いったん落ち着いて、どこでボールが取れるか考えます」

-今やハードワークは声高に叫ばれ、常識になっていますが、ただ走り回るのではないと?

「頭が回転していないと足も動かない。サッカーは頭でやるスポーツだと思います。頭の回転は難しい。すぐにできることではないので。試合の経験とか何回も何回も試合を繰り返してプレーし、判断力はついてくるものだと思います。フィジカルは1年、2年ですぐ付くものですけど、判断力はそうではありません」

-バルサにいた久保選手は有名ですが、対戦したことは?

「1回だけあります。アレビンの時に、1回だけトーナメント戦でバルセロナとやりました。8人制でした。すごくうまかった。あのバルセロナの中でも活躍していた選手ですから」

-日本サッカーや日本代表について思うことは?

「日本も強くなっている。ただ自分が言うのもなんですけど、欠けている部分というのはファウルの部分だと思います。メディアはフェアプレーを称賛しますが、それによってファウルはしてはいけないと思っているように感じます。もちろんタックルで相手選手をケガさせることはダメですけど、カウンターを受けてここで抜かれたらピンチという場面ではファウルも必要です。ヨーロッパでは小さい頃から必要なところでの戦術的ファウルを教えられます。服を引っ張る、体を押さえるという。すべて完璧にできるものではありませんから。悪いことに見えるかもしれませんけど、1点を奪われるかもしれない場面では、1点を防ぐことが大事になってきます。日本はフェアプレーのイメージが強すぎますが、少しは変えてもいいんじゃないかと思います」

-将来の目標は?

「このまま一生懸命、スペインでプレーしてプロサッカー選手になりたい。そして最終的には日本代表で活躍できる選手になるのが目標です。日本人とは違う考えを持ちながら、いろんな人に認知されるような選手になりたいです」

30分ほどの取材だったが、サッカー選手としての自負は随所に垣間見えた。

国際大会で優勝し、トロフィーを手にする光久選手(バレンシアCFアカデミー提供)
国際大会で優勝し、トロフィーを手にする光久選手(バレンシアCFアカデミー提供)

■バレンシアCFアカデミー出身

この光久選手を送り出したのがバレンシアCFアカデミー。少し触れておくと、スペインで欧州最高位の指導者ライセンスを取得した数少ない日本人であり、セレッソ大阪のユース監督時代には現日本代表MF山口蛍選手、FW杉本健勇選手ら多くのプロを育成し、クラブユース選手権で日本一にも輝いた中谷校長が、大阪に2010年に名門バレンシアの日本校として開校したのが、このサッカースクールである。

定期的なスペイン遠征を行い、本部に認められた選手は現地のアカデミーに入団できる。日本にあるスペインへ渡る「入り口」でもある。一方で、欧州最高峰でプロを目指す集団ゆえ、常に本場の厳しい競争を強いられ、ふるいにかけられる。今回の光久選手のように生き残っていくのは、こちらが想像している以上に至難の業である。

18歳の光久選手は来シーズンもフベニールAでプレーし、その後にプロになれるかどうか決まる、という状況なのだという。中谷校長が言う。「来季はフベニール3年目なので、フィジカルもついてくるし、その後バレンシアのレンタルからどうなるかです」。

光久選手の良さは? と問うと、すぐさま「ガッツです。負けん気が強い。スペイン人の中に入り込める、関われる。そういう性格、キャラクターがあります。じゃないとスペインに送り出さないです」。

サッカーは人生の縮図だ-。そう言ったのは日本代表元監督のオシム氏だった。壁にぶつかっては悩み、考え、そして乗り越えていこうとする。その過程で自立心が芽生え、仲間を慈しむ心も育まれていく。人生の学びとなるサッカーは子どもを大人にする、とも言われる。この光久選手は多感な10代をスペインで過ごし、サッカーを通じて多くの学びを得たのだろう。「日本人とは違う考えをもちながら」。そう話した言葉の裏には、他人とは違う道を歩いてきた自負、さらには従来の枠にとらわれない柔軟な思考や、多様な価値観が透けてみえた。

気がつけばもう、今月で平成時代が幕を下ろす。30年にも及んだ激動の時代。インターネットの普及で社会全体が大きく変わり、世界は近くなった。その分、人の生き方の幅も広がり、既成概念にとらわれない人が増えた。

十人十色。それぞれが、それぞれの道を歩み出す18歳。さまざまなカタチがあり、さまざまな幸せがある。新たな時代を迎えても、自らが信じた道を歩んでいく若者たち。陽春の光のように輝く、彼らの笑顔を見たい。それが日本を照らす未来となるはずだから。

【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)

◆佐藤隆志(さとう・たかし) 1991年入社のサッカー大好き記者。年代・カテゴリーを問わず、サッカーの話題を書いていきます。2010年のサッカーW杯南アフリカ大会期間中、現地から連載した「サカバカ日誌」をリニューアル。日本代表やJリーグの陰に隠れがちなアマチュアリーグや大学、育成年代などドメスティックな話題を取り上げていきます。

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