サッカー現場発

鹿島安部を育てた「瀬戸内高」安藤監督苦悩の20年

鹿島FW安部裕葵(20)が南米選手権(コパ・アメリカ)に臨む日本代表に初選出された。プロ3年目で、チームでは今季から10番を背負う。スター性抜群の逸材は、東京で生まれ15歳までを地元で過ごしたが、広島県瀬戸内高校に単身サッカー留学して、プロ入りを勝ち取った。

鹿島FW安部裕葵(2019年2月19日撮影)
鹿島FW安部裕葵(2019年2月19日撮影)

インターハイ常連の同校は、18年に念願の全国高校サッカー選手権初出場を果たした。近年こそ安部のほか2人のプロ選手を輩出した瀬戸内高も、ほんの10年前までは無名に近い学校だった。その裏には、安藤正晴校長(昨年までサッカー部監督)の、20年にわたる努力があった。


◆地区予選で勝てない弱小


安藤氏は00年、瀬戸内高監督に就任。当時男子校だった瀬戸内は、やんちゃな生徒が大勢いたという。「放課後、生徒たちは瀬戸内高校の制服をカバンに入れて、私服で帰っていた。自分の学校に誇りを持てずにいた」と安藤氏は当時を振り返る。

サッカー部員もご多分に漏れず、「トランクスをはいてグラウンドに現れる部員もいた」。当然地区予選に勝ったこともない弱小校で、安藤氏が赴任した際は「せめて“お荷物クラブ”にはならないように」といったレベルの期待しかかけられていなかった。


◆「サッカーでプライドを」


「サッカーでプライドを持たせたい」。安藤氏は人間教育に着手した。部のスローガンは当時から変わらず「全心一丸」。良い選手を連れて来られるわけでもないから、全員で心をひとつに、チーム一丸となって戦おう-部員たちに雑草魂を植え付けていった。

地道な努力が功を奏し、就任11年目、10年のインターハイで全国大会初出場。そこから4年連続でインハイに出場し、14年にはそこに目を付けた安部が入部してきた。現在はサッカー部のほか野球部、ゴルフ部なども強豪校として名をはせ、一方で東大進学者を輩出するなど文武両面で実績をあげている。

そして今回、ついに日本代表を輩出するに至った。安藤氏の「20年史」に、新たな1章が加わった瞬間だった。


◆杉山理紗(すぎやま・りさ)1993年(平5)10月4日生まれ、岐阜県出身。入社4年目、19年鹿島担当。

日刊スポーツのサッカー担当記者が取材現場の空気を熱く伝えます。

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