忘れられない笑顔と涙がある。7月2日、サッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会決勝トーナメント1回戦。日本はベルギーに2-3で敗れた。MF乾貴士(30)のゴールなどで一時は2-0とリードしたが、連続失点して最後は後半ロスタイムに勝ち越しを許した。無情にも鳴り響く試合終了の笛。敗退が決まり、乾は両手で顔を覆って子どものように号泣した。記者席で見ていてもこみ上げてくるものがあった。

試合後、目を真っ赤に腫らした乾が出てきた。悔しさを押し殺し硬い表情で、丁寧に記者の質問に答えていた。「悔しい、ふがいない」-。乾の表情は崩れることがないまま取材は終わった。直後、目が合った。声を掛けようとした瞬間、こわばった顔が一瞬にして満面の笑みに変わった。あまりに自然で突然の笑顔に驚いていると、寄ってきた乾が一言。「W杯、楽しかったな!」。その言葉に納得した。乾がどれだけW杯に懸けていたかが伝わってきた。

2度諦めかけたロシア。「急きょの監督交代でこの大会を迎えたけど、自分自身は多分、ハリル(ホジッチ)さんなら選ばれていなかったと思う」。1度は閉ざされかけた道がハリルホジッチ監督から西野監督に代わり、再び開けた。だが、大会前の5月17日、当時所属のエイバルで右太ももを負傷。患部の状態は想像以上に悪く、スペインの病院では手術を宣告された。

「いきなり手術と言われてその時点でW杯を諦めないといけなかったけど、諦められない思いをエイバルの監督が分かってくれた。シーズン中だけど日本に帰ることを許してもらって、手術以外の方法でケガを治すことを日本の医師が考えてくれた。膝も曲がらない状態の自分をギリギリまで待ってくれて、感謝の気持ちを大会にぶつけたかった」

2度の崖っぷちを乗り越えてつかんだ初めてのW杯。重圧は想像以上だったのだろう。1次リーグを戦っている間「楽しいか」と聞くと「そんな感覚はない。必死」と言い切っていた。大会通算2得点。1つでも上に日本を導くため、ひたすらゴールを目指し続けた。敗退が決まってようやく聞けた「楽しかった」の言葉。憧れの舞台から降りた時、乾はようやくW杯の楽しさを知ることができたのだろう。【小杉舞】