「怪物」と評された井手口 ハリル抜てきに応えた

日本対オーストラリア 後半37分、ダメ押し弾を決めた井手口(後方から2人目)はベンチを飛び出した控え組の輪に笑顔で飛び込む。最後方は長友(撮影・松本俊)

<W杯アジア最終予選:日本2-0オーストラリア>◇B組◇8月31日◇埼玉

 勝てばW杯出場が決まるオーストラリア戦で招集メンバー最年少のMF井手口陽介(21=ガンバ大阪)が、攻守に大暴れした。1-0の後半37分、国際Aマッチ初得点となる強烈なミドルシュートを突き刺した。W杯出場決定試合では史上最年少ゴール。FKとCKのキッカーも任され、持ち前の運動量で守備でも奮闘。先制点のFW浅野拓磨(22=シュツットガルト)とともにリオ五輪組が、ロシアへの扉をこじ開けた。

 ゴールだけを見ていた。無心で右足を振り抜いた。1点リードの後半37分、井手口は左サイドでDFを1人かわし、中央までドリブルで進んだ。思い切って打ったシュートは相手2人の間を割って、ゴール右上に突き刺さった。出場3試合目で代表初ゴール。「頭は真っ白になった」。ロシア行きを決定づけ、仲間にもみくちゃにされた。

 「枠に入ればいいかな、と思って打ったので、逆に力が抜けていたのが良かったんかな。自分が決めてやるという気持ちで臨めた」

 最終予選で21歳8日でのゴールは中田英に次ぎ史上2番目の若さで、後々語られるW杯出場決定試合では最年少となった。G大阪の長谷川監督から課題とされ、強化してきた攻撃力を大一番で発揮。ボール奪取に象徴される守備力、前線から最終ラインまで顔を出す運動量の多さは見せたが「90分通してできる選手になりたい」と満足はしない。代表でも先輩の宇佐美から「怪物」と評された男らしい答えだった。

 G大阪ユースに所属した高校2年の時、学校に遅刻したり、実家のドアを殴って穴を開けるなど私生活で荒れた。やけになってサッカーをやめようとした時、J2横浜FCでプレーしていた兄正昭さん(29=現JFL・FC大阪)から1通のメールが届いた。「サッカーやめるなよ」。プロになっていた正昭さんは「弟には未来があると分かっていた。だから諦めて欲しくなかった」。

 同じころ、いつも「サッカーを人一倍頑張れ」と応援してくれていた母亜紀子さん(50)が大病を患った。母から電話で病気を告げられ、目が覚めた。「迷惑掛けすぎたと思ったし、自分が早くプロになって恩返ししたい」。家族の思いに応えるため、プロで、世界で、羽ばたくと決めた。

 自らのゴールで開いたW杯への扉。シャイな性格だが「客観的に見たら自分は持ってる人やなと思う。代表で活躍することで今まで育ててくれた人たちはうれしいと思う」。セットプレーのキッカーも任され信頼を勝ち取った。ロシアへ続く道。ヒーローになった井手口が先頭に立ち進んでいく。【小杉舞】

 ◆井手口陽介(いでぐち・ようすけ)1996年(平8)8月23日、福岡市生まれ。G大阪ジュニアユースから同ユース昇格。高校2年時の14年3月にトップ昇格。15年にJ1デビューし通算50試合7得点。国際Aマッチ通算3試合1得点。15年末に同じ中学で同学年だった夏海夫人と結婚し、16年6月に長女愛乃(ひなの)ちゃん誕生。171センチ、71キロ。