W杯から1年“悪魔の14秒”分析官明かす裏側/上

W杯ロシア大会で日本がベルギーに許したカウンター攻撃

<W杯ベルギー戦から1年 悪魔の14秒その裏側(上)>

「悪魔の14秒」から1年。18年サッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会で、日本は決勝トーナメント1回戦(7月2日、ロストフナドヌー)でベルギーに逆転負けした。2点をリードしながら追いつかれ、後半ロスタイムで衝撃的なカウンターを浴びた。これまでメディアに1度も登場したことのない日本サッカー協会(JFA)テクニカルハウス片桐央視リーダー(35)が、初めて分析内容の一部を明かした。日本代表は、あの14秒をどのように分析し、今後に生かそうとしているのか、3回にわたって検証する。【取材・構成=盧載鎭、木下淳】

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■痛すぎたCK直後の動き、逆襲の起点潰していれば

W杯期間中、日本代表とともに行動して全試合を分析した片桐リーダーは、2時間以上に及ぶ取材で何度も考え込み、言葉を選びながら答えた。ギリギリの線-。やや禁断の領域にも足を踏み入れながら、初めてベルギー戦を振り返った。

2-2で迎えたロスタイム、日本は左CKを得た。「直接、西野監督から聞いたわけではないが、延長やPK戦は考えていなかったと思う。あの場面は90分で決着をつけようとした。そのイメージは本田選手も他の選手も一緒で、ショートコーナーで時間を稼ぐのではなく、ファーサイドから中央へ走り込む吉田選手の頭を狙った」と明かす。

CK直前、本田の無回転FKで沸き、イケイケの流れもあった。本田の左足からのボールは、ニアサイドに走った大迫の頭上を越え、吉田の頭に届く前にGKクルトワの手に収まった。そこから「悪魔の14秒」が始まった。

片桐氏 チャレンジしたわけだし、クルトワも読んでいた。キャッチされたのは仕方ない。痛かったのは、その直後の動き。本来なら近くの誰かが、相手GKに詰めるはずだが、行かなかった。キャッチと同時にクルトワは足を前に運び、フリーでパスコースを探っていた。セットプレーが崩れた時は、近くにいる選手がボールに詰め寄って相手の逆襲を遅延させる。約束事ではなかったが、選手たちはしっかりやっていた。初戦コロンビア戦では大迫選手がCKの崩れで相手GKに接近し、逆襲の起点をつぶしている。ここでもできていれば、あの14秒は生まれてない可能性はある。

本田のCK時、ペナルティーエリア内に日本は5人入った。さらにショートコーナーに見せかけるため、香川が本田の方へ走った。キッカー含め、前線にいたのは計7人。中盤でバランスを取ったのは長谷部だけで、最も警戒した日本に向かってやや左に位置したE・アザールをマークした。実際、クルトワは最初にE・アザールの動きを目で追い、結局、右でフリーのデブルイネに投げた。

片桐氏 ベルギーは優勝を狙っていたし、1回戦で延長までいってスタミナを消耗したくない。あの場面で相手が徹底的に逆襲を狙うのは、誰もが分かる。香川選手が本田選手の方に駆け寄らず、やや中央にいてデブルイネを気にしながらこぼれ球を拾う動きをする選択肢もあった。またはゴール前を5人ではなく、4人にして1人はバランスを取る役割でもよかったのかもしれない。

■「頑張れば止められる」と考えさせた相手が一枚上

不運は重なる。自陣にいた山口は、デブルイネのドリブルを止めようとした。ドリブルが大きくなったタッチを、見逃さなかった。突っ込んで足を出した。しかし相手の足が一瞬早かった。かわされた。

 

片桐氏 ドリブルのタッチを大きくしたのは、デブルイネの作戦でしょう。相手に突っ込むスキをわざと見せたのだと思う。トリックに引っかかる形になったが、相手を褒めるべき。あの場面で山口選手のベストの選択は、DFラインと連係して、ゆっくりラインを下げながら、背後のスペースを消すこと。山口選手も分かっていたはずだが、相手の方が一枚上だった。山口選手に一瞬でも「頑張れば止められる」と考えさせたデブルイネの勝ち、と言わざるを得ない。

試合前、テクニカルスタッフは西野監督に「前線を起点にしたカウンターの形や仕掛けの速さ」は報告したが、あくまで流れの中からのこと。CKからの速攻は、情報過多になるため伝えなかった。ボールがクルトワの手を離れた瞬間、ムニエは右サイドを約70メートル走り、デブルイネからボールを受け、右足ダイレクトで中央のルカクへボールを出したが、実は逆サイドのシャドリを見ていた。

片桐氏 ムニエはボールを受ける前に、ルカクを一瞬見ている。この動作は、ルカクについた長谷部選手も見ていた。当然、得点力の高いルカクに詰めたが、その後ろにはシャドリが走っていた。ムニエの目線とボールをスルーしたルカクの視野、シャドリの走り込むタイミング。3人のイメージが一致してカウンターが完成された。

今後、日本代表が同じ「14秒」に直面する可能性は極めて低い。しかし局面局面なら似たような場面は90分間、何度も起こり得る。今後のため、日本協会は14秒を重く受け止め、極力細分化して分析していた。次回は、失点に絡んだ2つのミスに迫る。

<試合後のコメント>

▼MF山口 勝負どころであれだけの人数が、あれだけのスピードでゴール前へスプリントしてきたところにベルギーの強さを感じた

▼DF吉田 (最後のCKの後)一瞬、スイッチが切れてしまった。試合の終わらせ方、運び方、まだまだベルギーのような大国とは差がある

▼MFデブルイネ パーフェクトカウンター。クルトワが投げた時、チャンスがあると感じたし(右の)ムニエに出したのもフリーだったから当然。スペースもあったし、延長戦にもつれ込まなくて済む、と思った

▼MFシャドリ ロメル(ルカク)が自分を少し見たんだと思う。スパートの最中で「ここにいるぞ」と叫ぶことはできなかったけど、アシストのようにスルーしてくれた

◆片桐央視(かたぎり・ひろみ)1984年(昭59)5月3日、名古屋市生まれ。市立名東高-東海大。筑波大大学院の人間総合科学研究科(体育学専攻)在学中に08年U-17女子日本代表の分析担当に就任。09年から男子を担当しロンドン、リオオリンピック(五輪)、U-20、17W杯などをカバーした。