苦しむ俊輔へ、カズからのメール/W杯南ア座談会2

日本対オランダ 後半、FWディルク・カイト(左)にボールを奪われるMF中村俊輔=2010年6月19日

<2010W杯南アフリカ大会~6・29パラグアイ戦から10年>

2010年6月29日、サッカーワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で、岡田武史監督率いる日本代表が決勝トーナメント1回戦でパラグアイと戦った。0-0からのPK戦で敗れ、惜しくも8強進出はならなかった。あれからちょうど10年。日本代表の躍進を現地で徹底取材した日刊スポーツの記者4人が、コロナ禍の中でオンライン座談会を開いた。当時の記憶とともに、日本サッカーについて語り合った。

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井上 デンマーク戦での本田、遠藤のFKとか、腹の底から感情がわき起こる場面はあったけど、2戦目のオランダ戦で見たシュートシーンがすごかった。左サイドの大久保が、ゴール前へサーッと動いた松井にボールを合わせた。ゴールへの角度や体勢的にもダイレクトシュートは考えられない。だけど松井は当初から狙っていたかのようなヒールで、遊んでいるかのようにはじいた。ゴール枠に向かい、惜しかった。W杯の舞台で強国相手にこんな場面を演出できるのかと、残像として目に焼きついた。

盧 大会前からデンマークの大型エースのベントナーをかなり警戒していたけど、全然大したことはなかった。日本のセンターバックの方がスピードはあったし、高さも含めフィジカルで劣っていなかった。

佐藤 デンマーク戦のあったルステンブルクのスタジアム、そこを本拠地にしているチーム(プラチナム・スターズ)があって、当時は日本人FW(村上範和選手)がプレーしていた。南アフリカに到着した日にたまたまヨハネスブルクの空港で知り合って、デンマーク戦の前にも会場で出くわしたので色々と話をした。「標高(1500メートル)が高くて空気が薄いから、ボールが伸びるし、ブレ球も効く」なんて聞いていたら、予言通り、あの本田のFKに、遠藤のFKも決まった。やっぱり、そうなのかって。

益子 僕がよく覚えているのは、オランダ戦後に俊輔がミックスゾーンで見せてくれた携帯ですね。苦しんでいた俊輔に試合前、カズさんからメールが届いたんですね。「サッカーは、1分、1秒でヒーローになれる」。あの言葉、忘れられないなぁ。

佐藤 忘れられない6・29、最後のパラグアイ戦はどう? なかなか攻め手がなく、1次リーグとは勝手が違った。パラグアイは南米らしい、いやらしさもあった。

井上 立ち上がりに大久保のミドルシュートがポストをたたいた。だけど見せ場はあまりなかった。守るだけじゃなく、岡田監督も途中から「攻めろ」って指示していたけど、攻め手はなかったね。

盧 PK戦になった時、内心「もらった」と思った。もともと川島は川口、楢崎の控えだったけど、大会前にオーストリアでのイングランド戦でランパードのPKを止めた。ランパードはプレミアでも「PK職人」なんて呼ばれるほどの選手で、それもミスキックじゃなかったからね。そのイングランド戦から川島はレギュラーになった。PKが得意という印象があったけど、ダメだった。

佐藤 3人目でPKを失敗した駒野は練習ではまったくPKをミスしない選手だったそう。あのキックもボールを蹴る瞬間に、間接視野でキーパーの動きが見えた。そこで少し上を意識して蹴ったらバーに当たったそう。

益子 でも、僕らも悔しかったですよね。試合前の国歌斉唱の時は記者席で立って肩を組み、選手と同じように歌っていましたからね。感情移入していました。それと試合後のミックスゾーン、あれもすごかった。

井上 駒野は嗚咽(おえつ)をもらして号泣していたね。本来なら話を聞かなければいけないけど、メディアはかける言葉もなく、ぼう然と見送っていた。珍しい光景だったよ。もう心を込めて見送る、みたいな感じでね。

盧 個人的には、俊輔が「これで代表引退する」と思っていた。PK負けした直後にミックスゾーンに走り、選手出口付近に陣取った。通常の締め切り時間はとっくに過ぎていたけど、W杯特別の編集体制だったため、無理して記事をぶっ込むことができる。やってきた俊輔を真っ先にキャッチしたら「今の代表には(本田)圭佑みたいに複数のポジションを高いレベルでこなさないといけない。もう代表は…」と言葉を詰まらせた。すぐ会社に連絡して、ミックスゾーンの端っこで原稿を打ったよ。

益子 だからか、途中から俊輔の囲みにウチは誰もいなかった(笑い)。あのミックスゾーンは本当にドラマがありましたよね。

佐藤 その時、オレはどうしてもパラグアイのサンタクルスに話を聞いてみたかった。日本サッカーの未来へ、何かしらのメッセージがほしかった。だけどチームの看板選手で国民的英雄だから、海外メディアの取材の輪がなかなか解けない。延々と待っていたら、気がつけば周りに人は誰もいなくなり、薄暗いミックスゾーンは自分とサンタクルスの2人だけ。パラグアイの美人広報が「もうバスが出る」って走って呼びに来た。そしたらサンタクルスは「彼がまだいる」と毅然(きぜん)と広報を制して、こちらの英語の質問に一つ一つ丁寧に答えてくれた。握手すると、笑顔でウインクしてくれ、すごく感激したね。最後に美しいものを見させてもらった。(つづく)