個性派集団のプライドが16強へ/W杯南ア座談会3

日本対パラグアイ 前半、パラグアイに切り込むFW本田圭佑=2010年6月29日

<2010W杯南アフリカ大会~6・29パラグアイ戦から10年>

2010年6月29日、サッカーワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で、岡田武史監督率いる日本代表が決勝トーナメント1回戦でパラグアイと戦った。0-0からのPK戦で敗れ、惜しくも8強進出はならなかった。あれからちょうど10年。日本代表の躍進を現地で徹底取材した日刊スポーツの記者4人が、コロナ禍の中でオンライン座談会を開いた。当時の記憶とともに、日本サッカーについて語り合った。

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益子 W杯取材はしんどかったけど、楽しかったですね。でも、井上さんはなんであんなに怒ってたんすか? カメルーン戦の前に「今日は(新聞に)何出すんだよ!」ってキレられ、ブブゼラを投げつけられた(笑い)。

盧 朝食会場で説教されたのを覚えているよ。食堂にあったバナナやリンゴを黙々とポケットに詰め込みながら聞いていた。ポケットをパンパンにして、外で飼われていた動物のところへ行ったな。ラマとかがいた。

益子 エサをやりながら「また井上さんが怒ってたね~」って、ラマに話しかけていました(笑い)。

井上 毎日、新聞つくるのと、安全にお前たちを移動させて、食べさせることで頭がいっぱいだったよ。それに日本代表敗退後の監督人事とか、考えることがたくさんあった。とは言いながら、肝心の監督人事はものすごい結末を迎えてしまったんだけどね(笑い)。

佐藤 オレはほかのチームの取材もあって南アフリカ国内を飛び回っていたけど、「治安が悪いから気をつけて」なんてよく言われたから怖かった。夜間の移動もあったし、海外メディアが襲われたなんてのも報道されていた。そう言えば、ゼジンと一度、古びた小さな商店に車で立ち寄ったことがあった。ゼジンが「何かあったらすぐ逃げられるよう、店の前でエンジンかけて待っててください」って言い残し、入っていった。テコンドーの有段者だし大丈夫だろうと思っていたけど、10分以上たっても帰ってくる気配がない。「何かあったのか?」って怖くなった。ハラハラして待っていると、ミートパイを手に現れ、笑顔で「これ、どうぞ」って。ずっこけた(笑い)。

益子 オランダ戦の試合会場には、いきなり通路にヘビが現れたでしょ。騒然となった。あれは怖かったな(笑い)。

佐藤 初めてのアフリカ開催、いろいろ未知な部分も多かったよね。ところで、今回は南アフリカ大会から10年という節目だけど、日本サッカーについてあらためて思うことは何?

井上 日本代表は自国開催の(02年の)日韓共催をのぞいて、順風に臨んだ大会ほどもろく、国民的批判を浴びて瀬戸際に追い詰められた混乱の大会で一瞬の可能性を示してきた。これはサッカーという競技性と、国民性も関係しているのではないかな。規律正しく、忠実な日本人。その集団が、エゴイストが多い欧州、南米、アフリカ勢としのぎを削る時、まずは精神性で揺るぎない強さを持つ選手が必ず必要になってくる。

佐藤 確かに南アフリカのメンバーには、そういった精神性みたいなものが前面に出ていたように思う。

益子 スイス合宿では、練習が終わってから誰もいないグラウンドに俊輔が1人で出てきて走り込み、FKをこなし。その後に時間差で今度は本田がやってきて、1人でひたすらシュート練習をしていました。みんな、それぞれにプライドがありましたよね。

佐藤 現在の日本代表選手は、若い選手が多いだけにチームとしてそれぞれの主張やプライドがぶつかり合い、それが相乗効果となって、チーム力として表れてくるのはこれからだと思う。実際に現代表チームも取材するゼジンはどう見ている?

盧 以前は選手層が厚くなかったが、チームの軸となる大粒の選手がいた。だから主力が抜けると急に戦力ダウンした。今は選手層は厚いが、大粒選手が少ない印象。主力が抜けても大きな戦力ダウンにはならないが、ベストメンバーがそろってもサプライズを起こす期待感は以前より薄い。W杯まで2年あるわけだから、急激に成長する選手が出てくると思っている。中島にはもうひと踏ん張りしてほしいし、冨安は世界的なセンターバックに成長するはず。久保建英と南野、鎌田の3人がトップ下を競うが、そこで抜けた選手が、自分のチームにしてくれればいいと思っている。「俊輔のチーム」とか「本田のチーム」みたいに。

益子 この10年、ひたすらに「個を伸ばせ」と叫び続けてきたけど、おそらく「個」という点では、10年前の方がはるかに個性的だった。バラバラだったチームが16強までいった背景には「俺たちはこのままでは終わらねえぞ!」というプライドが、いつの間にか1つの塊になっていたような気がします。

井上 オレはサッカーって選手のアドリブ力が試されるものだと思う。さっきも言ったけど、まずは精神性で揺るぎない強さを持つ選手が必ず必要。そうした分析はサッカー協会も真剣に検討してはどうかと思う。システムを研究したり、相手チームの特徴を分析することも重要だけど、日本人が国際大会でどういうメンタルに陥るのか、そこから脱皮するには何が必要か、そういう視点で、心理面やピーキングに焦点を合わせて深く研究する必要性を感じている。

佐藤 世界の強国へ近道なし、ということ。実際、日本サッカーは進歩していると思う。ただ全体のレベルアップというのは何年もかけ、じわじわと上がっていくものだろう。たとえ亀の歩みでも、その歩みの先には世界のトップがあると信じたい。

(了)

 

<座談会参加者>

◆井上真(いのうえ・まこと)東京都出身。1990年入社。現在は野球部遊軍記者。

◆佐藤隆志(さとう・たかし)徳島県出身。1991年入社。現在はスポーツ部デスク。

◆盧載鎭(ノ・ゼジン)韓国ソウル出身。1996年入社。現在もスポーツ部でサッカー担当。

◆益子浩一(ましこ・こういち)茨城県出身。2000年入社。現在は大阪本社スポーツ部デスク。