【森保ジャパンを考察2】チームの雰囲気作った大久保嘉人&松井大輔 南アフリカ大会の記憶から

10年6月、W杯南アフリカ大会の練習中、大久保(左)とふざけあい、プロレスの技を仕掛ける松井

11月20日開幕のワールドカップ(W杯)カタール大会に向け、過去3度の日本の1次リーグ突破の瞬間を現地で取材した記者が、それぞれのチームの転機を踏まえ森保ジャパンを考察する連載。第2回は10年南アフリカ大会の岡田ジャパン担当の思い。

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今は野球担当だが、12年前には南アフリカ大会を現地取材した。10月中旬、サッカー担当デスクに「原稿書いてください」と言われた。後輩記者が今は上司。先輩としていいモノを出さないと。どうやらたくさん書いてもいいみたいだ。おっと、こんなところで行数を使ってはいけない。南アフリカ大会でのターニングポイントを考えよう。

同じシーンだけ浮かぶ。デンマーク戦の本田のFK。相手ゴールの網にかけた白タオルが、ブレ球が網目をたたいて激しく揺れた。そこしか出てこない。だめだ。やり方を変えないと。どうする? そういえば先日、岡田武史さんと話した。気さくな岡田さんは、こんなことを言っていた。

岡田さん 命懸け。そう、死ぬ気でやる。すべてをかけて一生懸命にやる。あとは天の配剤になる。ザースフェー(スイスの事前キャンプ地)の夜、映像を見てホワイトボードの磁石を動かして考えた。視覚からの情報で頭がいっぱいになると目をつむる。妄想するんだよ。そうするとカメルーンの選手の動きが浮かび、そこに対応する選手が見えてくる。

なるほど。死ぬ気で、思い出す部分はカットして妄想からやってみよう。岡田さんはスイス、こちらは調布の理髪店で。なぜ理髪店かはさておき、チョキチョキされながら妄想をはじめた。

切られた前髪が、鼻に降ってきてチクチクする。集中できない。しかし、妄想しないと。チクチクを忘れ神経を南アフリカに注ぐ。すると、うっすら見えてきた。誰かが給水ボトルを配っている。誰だ? 中村俊輔だ。そうか、俊輔は大会直前にスタメンを外れた。直前のジンバブエとの強化マッチでは、ハーフタイムにボトルを配っていた。

だが、そこではないだろう。スター選手が先発を外れボトルを配ったからチームが団結したなんて、ややこじつけだ。ほかにも大切なことがあった気がする。

さらに先に進もう。妄想の度合いを強めていく。すると、もう1人の顔が浮かんできた。な、なんと! まさかの大久保嘉人だ。なぜ大久保? しかし、彼は南アフリカでは重要なピースだった。

ファウルすれすれのタックルで相手カウンターをつぶす。ラストパスも出せ、バネのある下半身から強烈なミドルもあった。スピードもあり、なんといってもファイティングスピリットが、ずる賢い南米のストライカー並みだ。メンタルが強い。

大久保かあ、と思い出にふけっていたら、今度は松井大輔が見えてきた。この松井が、大久保とはまた違った意味で、ずぶとかった。鹿児島実時代、松井が口笛を吹くと必ずパスが来たという逸話を持つ。涼しげなマスクとは裏腹に、かなりえげつないプレーをする。

1次リーグ初戦のカメルーン戦直前、エトーとのマッチアップを聞くと「モモカン入れてやりますよ。もう立ち上がれないほどのきついやつ」と、事もなげに言ってのけ、聞いていた我々は「えーっ」とのけぞった。バロンドール候補の英雄だぞ、と思ったがそんなものは1ミリも関係ない。なぜなら、敵だ。実際にモモカンはしなかったが(リップサービスに過ぎない)。

なんだ、やればできるじゃないか、妄想。これで登場人物はそろった。あとは記憶の糸をたどるだけ。ピンときた。大久保、松井、本田、森本。確かこのメンバーが事前キャンプ地スイスか、南アフリカ・ジョージのホテルで大久保の部屋に集合した。

大久保が「俺たちは一丸となってカメルーンに立ち向かうんだ。そのためにはお互いの秘密があってはいけない。みんなで、どこのクラブに移籍するか、ここで発表しよう」と切り出した。そして「じゃあ、まずは先輩の松井さんから模範を示してください」と松井に振った。松井は「えっ、俺から? でも、まだ決まってないから言いたくても言えないよ」。

すると今度は森本へマイクを渡す。森本も現状を報告し本田へ。当時成り上がろうとしていた本田も、高校サッカーで鍛えられてきた大久保、松井の両先輩の存在感に、圧倒された様子で、言える範囲で答えた。

そうだそうだ。あのころのムードがよみがえってきた。主将が中沢から長谷部に、GKは楢崎から川島に代わった。エースだった俊輔はベンチ、急成長の内田も駒野にスタメンを奪われた。

W杯最終予選から変わらぬスタメンは中沢、闘莉王、長友、遠藤、長谷部、大久保、松井。スタメンの3分の1が変わり、過渡期だった。それまでチームの核を成していた俊輔、遠藤、中沢、楢崎という軸にも変化が表れ、混沌(こんとん)としていた。闘莉王が発言力を強め、本田もワントップで異彩を放っていた。ともすれば、本田はチーム内で孤立しかねない危なっかしさがあった。

それが、大久保と松井の醸し出す空気感に、本田は居場所を見つけ、闘莉王も伸び伸びプレーしだした。現地で見ていた私の目には、新主将・長谷部は調整役で、大久保のふてぶてしさ、松井のひょうひょうとした態度にチームは引っ張られていたように見えた。

チームをまとめようと長谷部、川口が腐心していた一方で、大久保と松井はホテル内のゴルフ場の池で、釣りをしていた。そういう自然体で、リラックスした2人の姿が、逆にチームの風通しの良さにつながったように思えた。

ある意味グチャグチャの中で、たくましいものが生き残った感があった。象徴するやりとりがあった。ピッチ状況を松井に質問した時の答え。「ピッチや芝生がどうとか、そんなこと気にしているの日本のメディアだけですよ」。

カオスの中で人間関係も、チーム内序列もめまぐるしく変わりながら、最後はアフリカ勢に、欧州の洗練されたサッカーに、たじろがないずぶとさが生き残った。本田が力を発揮できたのは、大久保、松井の存在が非常に大きかったと、今になって思う。

いや、すっきりした。岡田さんの妄想をまねしてよかった。目を開けると、かなり髪が短くなった初老のおっさんが鏡に映っていた。本当に、こんな原稿で新聞に載るのか?

岡田さんの好きな言葉は「勝負の神は細部に宿る」。終わりかけの記者の好きな言葉はこれしかない。

あとは野となれ山となれ。【井上真】