<アジアカップ(アジア杯):日本1-2イラク>◇19日◇1次リーグD組◇第2戦◇アルラヤン
【アルラヤン(カタール)19日=佐藤成】「悲劇」は「ドーハ近郊」で繰り返された。
日本(FIFAランキング17位)が、中東王者のイラク(同63位)に1-2で力負けした。189センチFWアイメン・フセイン(27)に前半2被弾。後半ロスタイムにMF遠藤航(30)が一矢報いたが、国際Aマッチの最長連勝記録を10で止められ、A代表参加後は25戦無敗だった1次リーグで初黒星を喫した。イラク戦の敗北も40年ぶり。3大会ぶり史上最多5度目の優勝へ足踏みし、決勝トーナメント進出のゆくえは24日の第3戦インドネシア戦まで持ち越しとなった。
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「史上最強」のはずが歴史に返り討ちされた。森保ジャパンが前半2失点。5分に左サイドを破られFWアイメンに頭で決められると、同ロスタイム4分にもカウンターを防げない。守備が軽い。またもアイメンにヘディングで押し込まれた。圧力に屈し続け「相手がそれ以上にきたということ。力が足りなかった」と森保監督は肩を落とした。
力負けだった。南野が「5バック予想だった」と明かしたように、守備的な戦術で来ると踏んだが、外れた。4バック同士、真っ向勝負で押し切られた。ロングボールを徹底してくるスタイルに対応できず、堂安は「負けに値」と認めた。
22年W杯で「歓喜」に塗り替えたはずの地に、まだ魔物が潜んでいた。初戦のベトナム戦から先発変更は2人にとどめ、守備陣は動かさず勝ちにいった。ドーハ近郊アルラヤンでのイラク戦。定期運航便のない隣国から、この試合のためだけに臨時便が運航。3万8000人超の応援が駆けつけた完全アウェーだった。
「悲劇」から約30年。森保監督は平常心を強調していた。93年10月28日、勝てば94年W杯米国大会へ初出場が決まる同じ相手との試合。終了間際に失点し、切符を逃した。MFで出ていた指揮官は「今は選手ではなく監督の立場。93年の経験がよぎることはない」と言い切っていたが-。リベンジどころか再現された。
それでも手は打った。ハーフタイムにDF冨安を投入し、中盤2列目の並びも伊東の左など手を加えた。後半16分からはFW上田、MF堂安と攻撃的な選手を送り込む。ところが、直近10戦43得点の攻撃陣は沈黙した。原点の球際で負け、もともと苦手な肉弾戦で及ばず、壁を崩せなかった。
「今日の試合は、私自身がもっと働きかけを変えていれば違った結果になったかなと思う」と指揮官は猛省。ボランチ1枚を前に上げ「4-1-4-1」へ陣形を変えたが不発だった。
昨年6月から国際Aマッチ10連勝中。うち、前半を無得点で折り返したのは元日のタイ戦だけで、ビハインドで折り返したことなどなかった。自慢の欧州組を中心に、常に先手を取り、主導権を握って勝ち続けてきた。それがアジアでまさか。「ドーハ近郊の悲劇」で暫定2位に陥落。92年以降のアジア杯1次リーグでは26戦目にして初黒星に、イラク相手の敗北も84年以来40年ぶりと屈辱にまみれた。10番の堂安は「うまいチームから、強いチームに変わる、いい機会」と懸命に前を向き、インドネシア戦へ軌道修正へ図るが、返り咲きたい王座は、遠い。
日本代表、反撃及ばずイラクに敗れる…国際Aマッチの連勝10でストップ/ライブ詳細202401190001701--