【静岡人魂】日本代表小川航基の挑戦「結果残せる」遠征でレギュラー奪取へ「勝負はここから」 

2日、サッカー日本代表米国遠征で練習に臨む小川(撮影・垰建太)

【バークリー(米カリフォルニア州)=佐藤成】サッカーの2026年W杯北中米大会で初優勝を目指す日本代表が、来年7月の開幕に備えて開催地に乗り込んでいる。米国遠征の相手は共催ホスト国で、メキシコ戦(6日=日本時間7日)と米国戦(9日=同10日)へFW小川航基(28=NECナイメヘン)が燃えている。負傷明けで約10カ月ぶりの代表復帰。現J2磐田から巣立ったセンターフォワードが、日の丸のレギュラー奪取へ結果を残す。

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オークランド近郊の当地で、小川は初のW杯へ勇躍のイメージを膨らませた。全選手がそろって初めての練習。ミニゲームで久保建英と競り合ったり、ボール回しで伊東純也や堂安律らと汗を流して気候順応にも努めた。「勝負はここから」。強豪との連戦へ、鼻息荒く対戦を心待ちにした。

W杯アジア最終予選では短い出場時間ながら得点を重ねた。太もも裏の負傷などで残り4試合を離脱しながら、通算4ゴールはチームの大会得点王。昨年11月19日の中国戦では2点を挙げ、国際Aマッチ通算9試合9得点とした。9ゴール到達時の出場試合数としては66年のFW釜本邦茂の10戦9発を更新してみせた。

自身が不在の間に、森保ジャパンは8大会連続のW杯出場権を獲得。「今年の半年くらい苦しい思いをして、けがとの向き合い方とか考えさせられた中、みんな頑張ってくれて、W杯の切符を手に入れてくれた。正直な気持ち、そこで自分が点を取って…と思っていた中で、今回ここで改めて代表の一員としてプレーをできることをすごくうれしく思う」と帰還を喜んだ。

神奈川・桐光学園高で1年時から選手権で活躍。16年に当時J1の磐田入りした。現在、代表でコーチを務める前田遼一氏の18番を背負い、入団2年目の17年4月にはルヴァン杯東京戦でハットトリック。J2水戸への期限付き移籍を挟んで21年までジュビロで鍛えられたことが、今の礎だ。

同じコーチには、レジェンド名波浩氏をはじめ、清水東高OBの斉藤俊秀氏、藤枝東高出身の長谷部誠氏ら県勢ずらり。森保一監督も、母万知子さんの実家がある掛川市の生まれだ。選手も、静岡学園高からJ1柏をへてフランス1部スタッド・ランスに移籍したDF関根大輝や、今夏からブンデスリーガのフライブルクで欧州5大リーグに初挑戦している元J1清水MF鈴木唯人ら。みんなで「静岡人魂」を忘れていない。

自身は海外生活3年目に入り、オランダ1部の開幕戦で2得点するなど今季も好調を維持している。「しっかりコンディションを自分の持ち味が発揮できるところまで持ってくることができれば、自分は結果を残せると分かっている」。代表の1トップには上田綺世(フェイエノールト)が君臨しており、同じオランダで3戦4発と絶好調だが、小川も決定力に関して絶対の自信を持つ。スタメンへの強い意欲をのぞかせた。

「欧州のトップトップでプレーしている選手たちがいる国々と、ここから対戦していく。選手として、チームとして、真価というかチーム力が試される。その中で僕が点を取って『このチームのストライカーは小川だ』と言われるくらいの数字を伸ばしていければ。僕が真ん中にいて、しっかりと得点を取れることは、最終予選の少ない出場時間で証明できた自負はある」

10カ月ぶり復帰も、不安はない。自信しかない。日本のW杯初得点を刻んだ中山雅史氏をはじめ、数々のW杯メンバーを輩出してきた名門磐田から、自身も初のW杯へ。東京五輪出場を逃した悔しさも晴らす夢舞台へ、小川の挑戦は続く。

◆小川航基(おがわ・こうき)1997年(平9)8月8日生まれ、横浜市出身。兄の影響で幼稚園の時から競技を始める。桐光学園時代の全国選手権は1年時が2試合無得点、3年時が2試合4得点。J1リーグ初得点はプロ3年目の18年11月3日広島戦。J2水戸から20年に磐田へ復帰。22年に横浜FC移籍。J1通算38試合7得点。23年7月にNECへ移籍した。17年U-20W杯代表。A代表は19年に初招集。12月14日の東アジアE-1選手権香港戦で史上3人目となるデビュー戦ハットトリックを達成した。利き足は右。186センチ、78キロ。血液型O。