【マスカット(オマーン)17日=木下淳】「ピーターパン」が手倉森ジャパンのエースだ。U-22(22歳以下)アジア選手権で8強入りしたU-21日本代表FW中島翔哉(19=東京V)が大会3戦3発と活躍している。前日の1次リーグ(L)オーストラリア戦では2得点1アシスト。「メッシもバロンドールも通過点」と言ってのける男は「大人みたいな考え方はしない」と話す夢追い人だった。

 チーム最小兵164センチのFW中島が日本を救った。勝つしか突破の目がない一戦の前半18分、MF矢島の右クロスにダイレクトで右足を合わせ、先制のV弾をゴール右隅に流し込んだ。「この大会で人生を変えようと思っている」。イングランドのスカウトも視察した中、同24分に矢島の得点をアシスト。後半4分にはPKで2点目を挙げたが「ハットトリックできなかった…」と満足しなかった。

 初戦イラン戦では2-3の後半に同点ミドルをゲット。その試合に続く大会2度目のゲームMVPに輝いた。高校3年時にJ最年少ハットトリックの記録を作った背番号10は「リオ五輪の前にブラジルW杯に出たい。アピールしなきゃ」と約1カ月のオフ中、無休で自主トレして備えていた。

 とてつもなく大きな夢がある。「世界NO・1プレーヤーになりたい。メッシを超えることも、バロンドール獲得も通過点。その先に自分の理想とするパーフェクトな選手像がある」。

 ビッグマウスと受け取られがちだが、純粋な夢追い少年だ。「大人みたいな考え方をすると、夢は簡単に消えちゃうから」。まるで永遠の少年「ピーターパン」のよう。ACミラン本田は「W杯優勝」を公言して自らを追い込むが、中島は「夢は、張り詰めて追ったら夢じゃなくなっちゃう。プレーを楽しむ。それだけ考えてます」と笑う。

 大会3得点はイランFWレザエイの5ゴールに次ぐランク2位タイ。「人生を変えるため、まずは今大会のベストプレーヤーになりたいです」。壮大な夢への歩みを中東で加速させる。

 ◆中島翔哉(なかじま・しょうや)1994年(平6)8月23日、東京都八王子市生まれ。松が谷フットボールクラブから東京Vジュニア入り。ジュニアユース、ユースを経て12年10月4日にプロ契約を結んだ。高校3年だった同年9月14日の福岡戦でJ初出場&初ゴール。昨年9月の群馬戦で決めたミドルシュートがJ2最優秀ゴール賞に輝いた。164センチ、58キロ。利き足右。血液型AB。