日韓W杯成功に貢献、殿堂入り/岡野俊一郎さん略歴

東京五輪でアルゼンチンを破り喜ぶ左から長沼健監督、デットマール・クラマー氏、岡野俊一郎コーチ(写真は1964年10月14日)

 サッカーの元日本代表監督で、国際オリンピック委員会(IOC)委員を長年務め、日本サッカー協会会長として2002年の日韓W杯を成功させた岡野俊一郎氏が肺がんのため2日に亡くなっていたことが3日、分かった。85歳だった。

 ◆岡野俊一郎(おかの・しゅんいちろう)1931年(昭6)8月28日、東京生まれ。都立小石川高-東大文学部と進み、55年に日本代表入り。61年にドイツへコーチ留学し、帰国後に日本代表コーチ。70年から72年まで代表監督。74年からはJOC(日本オリンピック委員会)委員、90年からはIOC(国際オリンピック委員会)委員を務める。98年日本サッカー協会会長に就任。02年東アジアサッカー協会連盟初代会長就任。05年第1回日本サッカー殿堂入り。日本サッカー協会最高顧問も歴任。