「VARで新たな流れ」元国際主審の岡田正義氏語る

W杯ロシア大会の「ジャッジ」について語る岡田氏

 選手にも審判にも、新たなスタイルが求められる時がきた。ワールドカップ(W杯)ロシア大会で、初めてVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が導入された。この新システムによって試合の流れが変わり、勝敗が決する試合も少なくなかった。日本初のプロ主審で、98年W杯フランス大会など多くの国際試合やJリーグで笛を吹いた元国際主審の岡田正義氏(60)に、今大会の象徴ともいえるVARについて聞いた。【取材構成・今村健人、松尾幸之介】

  ◇   ◇   ◇  

 “次世代のサッカー”がそこにあった。1次リーグE組のブラジル-コスタリカ戦の後半32分。ブラジルのエースFWネイマールがペナルティーエリア(PA)内で倒され主審はPKと判定。しかし、すぐさまVARが介入し、ファウルなしと覆ってPKは取り消された。ネイマールは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 岡田氏は「PK判定はVARの大きな役割のひとつ」と語る。ネイマールは王国ブラジルのエースゆえに、常に相手の激しいマークにさらされる。これまではそれを逆手にとるようにピッチ上で倒れ、FKやPKを得ることも多かった。しかし、もはやVARの前には通用しなくなってきている。「VARがあるので不用意なファウルはできないですし、抑止力はすごいと思う」。

 ある意味、忖度(そんたく)がないともいえるVARの存在を選手が警戒していることは数字にも表れている。準決勝まで62試合を消化し、レッドカードは4枚。全64試合制となった98年大会以降最少で、初の1桁台となることが濃厚だ。岡田氏は「判定が甘いことは全くなく、選手がフェアにやっている」と分析する。主審の見ていないところで…と駆け引きする時代は終わったのかもしれない。

 主審がVAR判定にかかると、当然試合は止まる。そのせいか、ロスタイムが5分以上となる試合もみられたが、岡田氏は「VARがあるから長くなったとは思えない」と話す。「きちんと計測してやっていると思う」。むしろ、その計算は緻密さを増しているといい、かつての自身の経験を引き合いに出した。「(計測を)目安でやる人もいる。私がいた98年大会の時、主審がポルトガル人で、私が第4の審判に入った試合があった。試合前の打ち合わせの時に『岡田、ロスタイムは前半1分、後半3分だからな。もしそうじゃなかったら合図するから』と言うわけですよ。サッカーってそういうもんだって感じで」と振り返った。

 レフェリーの判定方法もVAR仕様へ変わった。岡田氏は「笛を吹くタイミングが遅くなっている」と指摘。VARでは数プレー前までさかのぼっての判定見直しができ、本来は得点できていた決定機を成立させるため、途中でオフサイドやファウルと思わしきプレーがあっても止めずにシュートまで待つことが多い。これはある意味“VARがあるから大丈夫”という審判の慢心にもつながりかねない。岡田氏もその点を懸念し「VARに任せればいいやとなるのは本末転倒。自分で見極める能力は磨いていかないと。VARはその結果のミスを救うもの」と語気を強めた。

 岡田氏は1次リーグのVAR判定の多さも目についたという。FIFA審判委員会も大会中に適宜、審判を集めた研修を行って対応しており「だんだん洗練されて決勝トーナメントではその回数も減った」と評価。「あくまでも『最小限の介入で最大限の成果』がVARでは最も大事。そもそもコンセプトは、判定の明白な間違いや見逃された重大な事象を判断すること。それは試合中にそんなに何度も起きない。そこへのレフェリーの理解がもっと必要」と話した。

 そして“次世代”なのはVARだけではない。岡田氏は、各国が繰り広げる鋭いカウンター攻撃での審判の苦労も明かした。試合では時速30キロ以上、50メートルを6秒フラットに近い速さで走る選手もいる。「FIFAのセミナーでも、とにかくカウンターアタックへの対応はやっていた。今回もベルギーとか速かったですよね。あれに追いつかなきゃならない。とにかくゴール前の一番大事なところを見るということをやっているんです」。ピッチを右へ左へ全力疾走-。真剣勝負を演出するため、まさに審判も奔走している。

 テクノロジーと共存する。VAR導入は「よかったんじゃないですかね。対立も少なくなり、プレーイングタイムも長くなった」とみる。VARの目に張り巡らされたピッチの上では、醜いシミュレーションや乱闘シーンなどは淘汰(とうた)される。1つのボールを奪い合って得点を競うという競技の本質的な部分を強調したサッカーが、VARによって実現できる。

 最後に、裁く側の人間としての本音もこぼした。「やっぱり人間がやっていますし、シュートミスと同じで、最大限でやっていてもレフェリーにもミスはある。その中で明確なミスだけは起こさないようにするのがVARなので。そこは理解していただきたい」。歓喜の瞬間を、正々堂々と迎える。世界中のファンが待望するハイレベルなサッカーへ、VARが導いていく。

 ◆VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー) 試合中の微妙な局面を映像で確認し、主審に伝えて判定を手助けする「ビデオ副審」。<1>得点<2>PK<3>一発退場<4>警告などの選手間違いの4項目で主審を補助する。W杯ロシア大会では国際審判員が任命され、3人の補佐役(AVAR)とチームを組んでモスクワの視聴覚室で作業する。スローモーション専用を含む30台以上のテレビカメラからの映像を検証。VARからの助言を受けた主審は一発退場や、得点場面で攻撃側の反則が疑われる場合などは、自らの意思でピッチ脇に設置されたモニターで映像を確認することができる。

 ◆岡田正義(おかだ・まさよし)1958年(昭33)5月24日、西東京市生まれ。77年に4級審判員の資格を取得。86年に同1級を取得して日本リーグなどで審判を務め、Jリーグが開幕した93年に国際主審に登録。98年W杯フランス大会や99年南米選手権など、多くの国際試合で笛を吹いた。02年からは日本初のプロ契約審判として活躍し、10年に引退。国際試合116試合(うちAマッチ50試合)、Jリーグは93年からJ1で366試合、J2で83試合を担当。現在は現役審判員のインストラクターなどを務めている。