新潟早川「強い覚悟を」白血病回復で来季選手登録へ

10月14日、シュート練習をする早川

J2アルビレックス新潟は12日、急性白血病のため17年1月から契約を一時凍結していたDF早川史哉(24)の契約凍結解除を発表した。来季選手登録される予定。早川は新入団直後の16年4月に発病。その後は治療に専念していた。経過は良好で、今年10月以降は練習試合にも出場するほどの回復ぶりだった。来季、J1復帰を目指す新潟にとって、チームを刺激する存在になる。

不屈の男が帰ってくる。早川はクラブを通じてコメントした。「このたび契約を再開していただけることになりました。これからも直面するだろう課題に目を背けることなく、強い覚悟を持って臨んでいきたいと思います」。喜びと決意をにじませた。

コンディションは順調に回復していた。3月からU-15、U-18など下部組織の練習に参加。8月にはトップチームの練習にも合流し、現在は通常メニューをこなしている。10月以降は練習試合で45分間はプレーするようになった。新潟の中野幸夫社長(63)が「周囲と比較しても遜色ない回復ぶりとなっています」とコメント。主治医、家族との協議、本人の意思も踏まえた上で凍結解除を決断したという。

16年4月に発病し、治療に入った。同年に造血幹細胞移植手術を受けた。発病前は開幕戦の湘南ベルマーレ戦を皮切りに3試合フル出場していた。新潟U-18時代は、U-17ワールドカップ(W杯)に出場し、筑波大でも主力。将来の中心選手として期待されていた。そんな中での大病だった。

だが、気持ちが折れることはなかった。「もう1度大好きなクラブ、アルビレックス新潟に戻って来られるように頑張ります」。治療を始めた直後の言葉の通り、復帰に向けて歩んだ。今年7月1日の元新潟主将の本間勲・現スクールコーチ(37)の引退試合に出場。約2年3カ月ぶりにデンカビッグスワンスタジアムのピッチに立った。

選手登録されれば、次の目標は試合出場になる。中野社長は「治療の継続など引き続きバックアップしてまいります。競争の中で地位を確立してほしい」。早川も自覚している。「『誠実』『全力前進』という言葉を胸に、1日1日を大切に過ごしていきたいと思います」。試合出場への道のりを力強く歩んでいく意思をコメントに込めた。

<早川アラカルト>

▼支援基金 クラブは16年6月に「早川史哉選手支援基金」を開設。契約凍結解除の決定で12日で閉鎖も、ここまで2700万円を超える支援があった。

▼直接あいさつ 今季最終の17日レノファ山口FC戦(デンカビッグスワン)で、来場のサポーターの前に登場する予定。

▼連載コラム クラブの有料コンテンツ「モバアル」内で「早川史哉の前を向いて歩こう」の連載コラムを続けていたが、27日の掲載で終了。

◆早川史哉(はやかわ・ふみや)1994年(平6)1月12日、新潟市生まれ。新潟ユース所属時に各年代の日本代表に選出され、11年のU-17W杯では5試合3得点と日本の8強進出に貢献。その後、筑波大に進学。16年新潟に加入し、同年の開幕戦でJ1デビュー。J1通算3試合0得点。ルヴァン杯通算2試合0得点。背番号28。170センチ、68キロ。